2024.12.25
「ソリッドベンチャーとしての株式会社PR TIMES」著者の視点
株式会社PR TIMESの創業期から事業拡大、多角化に至るまでの歩みを分析します。
ソリッドベンチャーとは、外部資本への依存を最小限にとどめ、自社のキャッシュフローや自己資金を原動力に堅実な成長を遂げる企業のことを指す場合が多いですが、本記事ではPR TIMESがどのようにしてスタートし、上場による資金調達と合わせてどのように成長戦略を描いてきたのかを整理しながら、そのビジネスモデルや多角化のポイントを探っていきます。
ソリッドベンチャーの概念とPR TIMESの位置づけ
ソリッドベンチャーとは何か
ソリッドベンチャーは、ベンチャー企業の中でも外部資金(ベンチャーキャピタルや投資家などからのエクイティファイナンス)に過度に頼らず、自己資金や事業収益を再投資しながら成長を続ける企業を指すケースが一般的です。
- メリット:株主の制約を受けにくく、経営陣が主体的に経営方針を決定できる
- デメリット:大規模な投資が必要な際には資金調達のハードルが上がり、競合他社に対しスピード面で不利になる可能性がある
一方、PR TIMESは創業からある程度の自己資本で事業をスタートさせつつ、後にIPO(新規上場)も果たしているという点が特徴的です。
もともとは自己資金での事業拡大が中心でしたが、2016年3月に東京マザーズ市場へ、さらに2018年8月には東証一部(現東証プライム)へ市場変更と、上場を通じた資金調達も積極的に行ってきました。
上場によって得た資金を活用しながらも、自らのビジネスモデルを基盤に着実な成長を維持しているため、ソリッドベンチャー的な経営スタンスと上場企業としての資金調達の両方を兼ね備えた、興味深い事例といえます。
PR TIMESの事業概要
- 会社名:株式会社PR TIMES
- URL:https://prtimes.co.jp/
- 代表者名:山口 拓己(代表取締役)
- 主要サービス:プレスリリース配信サービス「PR TIMES」、ストーリー配信サービス「PR TIMES STORY」、広報効果測定サービス「WEBクリッピング」、その他SaaS事業(Jooto、Tayori、MARPHなど)
PR TIMESの中核事業は、企業が自社の情報をメディアや生活者に向けて発信できるプレスリリース配信サービスです。
プレスリリースというと従来は一部の大企業やPR会社にとっての手法でしたが、インターネットの普及やSNSの進化に伴い、「自分たちの情報を発信したい」というニーズが企業の規模や業界を問わず高まっています。
同社はこうした流れを捉え、低価格かつユーザーフレンドリーなプラットフォームとして成長を遂げました。
創業期の背景
創業当初の事業モデル
PR TIMESは、2007年に設立されたベンチャー企業です。当時、創業メンバーたちは「企業の広報活動をもっと身近に、効果的にするサービス」を目指し、プレスリリース配信サービス「PR TIMES」を立ち上げました。このサービスでは、
- 企業が作成したプレスリリースを登録すると、全国のメディア関係者やユーザーに配信できる
- 同時に、PR TIMESのウェブサイト上にもプレスリリースが掲載され、インターネット検索で情報が見つかりやすくなる
- 従来のFAX送付や紙の資料郵送に比べて、配信作業が効率化・省力化され、なおかつ幅広いメディア・ユーザーに届けやすい
という利点がありました。
さらに、低コストで使いやすい料金体系を設定し、小規模な企業でも気軽に利用できるプラットフォームを構築したことで、スタートアップや中小企業など新興勢力の情報発信ニーズも取り込むことに成功しました。
創業者のバックグラウンド
代表取締役の山口拓己氏は、豊橋市出身で東京理科大学卒業後、山一証券に入社。その後アビームコンサルティングを経て2006年に株式会社ベクトルに入社し、取締役CFOとして経営面を支えました。
この経歴からわかる通り、金融・コンサル領域での経験が豊富であり、数字や経営戦略の面からPR業界に新風を吹き込んだ人物といえます。
もともとPR会社大手のベクトルと連携してサービスを立ち上げた背景もあり、PRノウハウと資金管理の両面に強みがあったことが想定されます。
成長戦略と資金調達
自己資金から上場へ
PR TIMESは創業当初からしばらくは、自社の収益を再投資する形で事業を大きくしてきました。プレスリリース配信サービスをコアビジネスとし、他社からの大型出資を受けるよりもサービスの安定性・拡張性を高めることに注力していたと見られます。
しかし、サービスが広がり始めた段階でさらなる事業拡大を目指し、2016年3月に東京証券取引所マザーズに上場しました。そして2018年8月には東証一部(現東証プライム)へ市場変更。上場時には資金調達を行い、その資金を広告宣伝や開発投資、人材採用などに使い、新規事業への布石も打っています。
事業拡大の手法
プレスリリース配信サービス「PR TIMES」によって得た顧客基盤やメディアとの接点を活かし、以下のように事業を展開しました。
- 「PR TIMES STORY」
企業のストーリーを発信するコンテンツマーケティング支援サービス。従来のプレスリリースでは伝えきれない“背景”や“想い”をコンテンツ化し、読者に深く訴求できる。 - 「WEBクリッピング」
広報・PR活動の効果測定ツール。企業が行ったPR施策がどのように報道され、どのような反響があるのかを可視化する。 - SaaS事業(Jooto、Tayori、MARPHなど)
- Jooto:プロジェクト管理ツール。タスクの進捗や担当割り振りなどを一元管理し、チームでの作業効率を上げる。
- Tayori:フォーム作成・顧客問い合わせ管理ツール。Webアンケートや問い合わせフォームなどを簡単に作成できる。
- MARPH:詳細は公開情報が限定的だが、新規プロダクトとしてコミュニケーション分野のサービスを手掛ける模様。
これらのサービスはいずれも“コミュニケーション”や“情報発信”を軸に据えたソリューションであり、PR TIMESの主力事業であるプレスリリース配信と自然なシナジーを生み出しています。
事業の多角化と成功要因
多角化の方向性
PR TIMESはPR・コミュニケーション領域を中核としながら、以下の要素を軸に多角化を進めてきました。
- 広報活動の周辺領域
プレスリリース配信だけでなく、効果測定(WEBクリッピング)や企業ストーリー発信(PR TIMES STORY)など、広報の一連のプロセスを網羅するサービスを提供。 - SaaS型プロダクトの展開
Jooto、Tayoriなど、企業の業務効率化やコミュニケーション改善を目的としたクラウドツールを提供。PR領域とはやや離れた領域も取り込むことで、収益源の多様化を図る。 - メディアプラットフォームとしての存在感強化
自社サイト「PR TIMES」に掲載されたプレスリリースは多数のメディアに転載されたり、SNSで拡散されたりする。今やプレスリリースの主要な閲覧先のひとつとなりつつある。
成功要因
PR TIMESが事業を拡大しながら多角化に成功した要因としては、以下が挙げられます。
- 堅実な収益源の確立
プレスリリース配信事業は、サービス利用企業から月額や配信ごとの利用料を得るモデルであり、比較的継続収益が見込める。これをベースに新規事業への投資が可能となった。 - ユーザーファーストなサービス設計
多くの企業にとって広報・PR業務は専門知識が求められる一方で、必ずしも大きな予算を割けない分野でもある。PR TIMESは、低コストかつ使いやすいユーザーインターフェースを提供することで、小規模企業やスタートアップでも導入しやすくした。 - 上場による知名度・信頼度の向上
2016年のマザーズ上場、2018年の東証一部上場を経て、企業としての信用力・認知度が格段に向上。大手企業やメディアとも対等な立場でパートナーシップを結びやすくなり、新規事業も進めやすい環境が整った。 - 広報・メディア業界における独自ポジション
従来のPR会社や報道機関とは異なる「テック企業的なアプローチ」でPR・コミュニケーションを支援する存在として独自の地位を確立した。プレスリリースをオンラインで効率配信するだけでなく、効果測定やコンテンツマーケティングにも展開しやすいプラットフォームを作り上げた。
ソリッドベンチャー視点から見るPR TIMES
PR TIMESは自己資金で創業後、一定の収益基盤を築いてから上場というプロセスを踏みました。
これは、一気に外部資金を調達して短期間で急成長を目指すスタイルではなく、最初は自前のキャッシュフローで地固めをし、次の成長段階で機動的に資金調達を行うというソリッドベンチャー型のステップを踏んだと言えるでしょう。
- 創業期:プレスリリース配信サービスの事業モデルが確立するまで、自己資金や事業収益を活用して着実に拡大。
- 成長期:上場を通じた資金調達により、複数のサービス(WEBクリッピング、PR TIMES STORY、Jooto、Tayoriなど)を立ち上げ、PR領域を中心としたサービスラインナップを拡充。
- 安定期:上場企業としての信用力を背景に、大企業や自治体など多様なクライアントを獲得しつつ、さらなるサービスの多角化や海外展開の可能性も模索。
このように、ソリッドベンチャーとしての堅実さと、IPO後のスケールアップを両立している点がPR TIMESの大きな特徴といえます。
株式会社PR TIMESは、2007年の創業以来、プレスリリース配信サービスを中核としてスタートし、自己資金での堅実な事業拡大を経てから上場を果たした一種の「ソリッドベンチャー的」成功事例と言えます。
創業者の山口拓己氏が金融・コンサル分野での知見を活かし、PRの実務をテクノロジーの力で効率化した点が強みとなりました。
また、上場後は調達した資金を投入し、プレスリリースの周辺領域(効果測定、企業ストーリー配信など)やSaaS事業(Jooto、Tayori、MARPHなど)に事業を広げ、多角化を進めています。
これらの事業展開は、単なる「プレスリリース配信会社」から、“企業コミュニケーションの総合支援サービス” への進化を目指す戦略に沿ったものです。
現在、PR TIMESは東証プライム上場企業として信頼度を高めつつ、競合が増加する市場の中でさらなる成長を模索しています。SNSや動画配信、インフルエンサー活用など企業広報の手法が多岐にわたる中、同社が確立したプラットフォームをどのように拡張していくか、今後の動向が注目されます。
ソリッドベンチャーとしての出発点を持ちながら、IPO後は大きな資本を背景に幅広いサービスを生み出し続けるPR TIMESの姿は、外部資金への依存度を調整しつつも自社のビジョンを貫き、社会的ニーズに応え続ける企業モデルとして、多くの起業家や企業経営者に示唆を与える存在となっています。