2025.01.22
BrewDog Brewery
はじめに
近年、スタートアップの出口戦略や事業成長パターンは大きく多様化しています。かつては「創業→VC調達→短期的急成長→IPO」という道筋が強く意識されてきましたが、赤字を掘り続けるリスクや上場市場のハードルが高まるなか、本業で堅実な収益を生み出しつつ新規事業や海外展開に踏み出す“ソリッドベンチャー”型への注目が高まっています。
日本国内にもスモールビジネスから着実に売上を伸ばしてIPOしたり、M&Aで安定した出口を確保するケースが増えていますが、その潮流は海外でも同様です。本記事では、イギリス発のクラフトビールメーカー「BrewDog Brewery」を例に挙げ、そのソリッドベンチャー性を紐解いていきます。
0. 会社情報
- 会社名: BrewDog Brewery
- URL: https://brewdog.com/pages/company-information
- 設立年: 2007年
- 代表者名: James Watt(共同創業者)、もう一人の創業者はMartin Dickie
BrewDogは、スコットランドのフレイザーバラで2007年に創業したクラフトビールメーカーです。イギリスのスーパーチェーン「TESCO」や海外輸出で着実に売上を積み上げ、現在では欧米やアジアを含む世界各国へビールを出荷し、多角的な飲食事業・宿泊施設なども展開。いまや「グローバル展開を果たしたクラフトビール界のリーディングカンパニー」と言えます。
1. 企業の歴史と創業期の情報
1-1. 創業当初の事業モデル
BrewDogの創業期は、以下のようなビジネスモデルから始まったといわれています。
- 収益構造
- 主にクラフトビールを製造し、フェスやイベントでの販売を軸とした直販
- テスコなどの大手スーパーチェーンに販路を拡大
- 小規模ながら輸出も行い、日本・スウェーデン・米国など海外にも徐々に進出
- 主要顧客
- 地元(スコットランド・フレイザーバラ近辺)のクラフトビールファン
- 英国内のテスコやバー・レストランなど
- イベント会場の来場者、各種フェスティバル参加者
- 創業期のビジネス特徴
- 小さな醸造所での手作業主体の生産
- フェス出店用のバンにビール積んで自ら販売(DIY精神)
- 法人顧客を開拓しながら、銀行融資を受けて設備拡張
こうした特徴から分かる通り、BrewDogは当初から「地元発のニッチ市場」にしっかり向き合い、小さくとも確実に利益を生むモデルを築こうとしていました。クラフトビールの製造・販売という明確な“本業”があり、まずは地元のイベントを回りながら売上を積み上げるという堅実な形をとっていたわけです。
1-2. 創業者のバックグラウンド
- James Watt
- 大学で法律と経営学を学んだ後、弁護士に就職するも1年で退職
- 家業である漁業にも参加しながら、2007年にBrewDogを共同創業
- 弁護士出身のスキル(契約や交渉など)は後の資金調達や銀行融資にもプラスに働いた可能性が高い
- Martin Dickie
- イングランドのソーンブリッジ醸造所にて主任醸造者の経験
- ビール造りの専門知識を有するプロフェッショナル
- Jamesとは対照的に、製造サイドでのキャリアが事業の大きな柱に
創業者2名のスキルセットが「経営×醸造」という役割分担でうまく噛み合い、堅実な事業展開を推し進められた点はソリッドベンチャーにおける好例といえます。
2. 成長戦略と資金調達の有無
2-1. 事業の拡大手法
BrewDogの成長史を見ると、大きく分けて3つの金融施策を活用しています。
- 初期資金
- James Wattの貯金3万9000ドル + 銀行借入2万6000ドル
- 設備投資に使いつつ、初年度からフェスへの出店やテスコなどの販路拡大に注力
- 追加の銀行融資
- 創業1年目で追加融資を受け、醸造設備を拡張
- テスコのボトルビールコンペで1〜4位独占した実績が信用を高め、融資獲得に寄与
- Equity for Punks(個人投資家からの出資プラットフォーム)
- 2009年に最初のラウンドを開き、1330名から97万5000ドルを調達
- オンラインで個人投資家が自社株を購入できる仕組み
- これがコミュニティ化し、「熱狂的なファン」を獲得する土台に
一方で、2017年にはTSGコンシューマー・パートナーズから2億6400万ドルを出資。ここはVCに近い形の投資であり、BrewDogが大々的に世界展開するときの後押しをする目的があったとみられています。
興味深いのは、スタートアップ的なVC調達よりも先に、「地道な融資→一般投資家からのクラウドファンディング型株式調達」→最後に“大型外部資本”という順番で拡大している点です。
まさに堅実なソリッドベンチャーらしさが際立ちます。
2-2. 新規事業のタイミングと資金調達
BrewDogの場合、「本業のビール販売→クラウドファンディング(Equity for Punks)→新規事業着手」というフローを何度も繰り返しています。
特に2009年のEquity for Punksで得た資金を元手にアメリカでも醸造所を設立し、海外展開を加速。これは単に大手VCからの大金を集めるのではなく、コミュニティを巻き込みながら資金を得ることで、「応援したくなるブランドづくり」にも成功しています。
3. 事業の多角化や新規事業の開発
3-1. 本業からの新規事業
- 飲食店事業
- “BrewDogバー”を英国内外に次々オープン
- クラフトビール自体の直営販路を広げつつ、パブ・バー文化を再定義
- ホテル事業
- 米国オハイオ州にビール好き向けのホテルを開設
- 醸造所に併設し、「客室でドラフトビールが出る」というユニークな仕掛け
- ビール動画配信サービス
- BrewDog TVと呼ばれるような動画コンテンツで、ビール醸造プロセスやブランド体験を伝える
ソリッドベンチャー的には、「醸造で安定したキャッシュを生み、そこからファンを熱狂させるコンテンツを作る」流れが特徴的です。ビールというコアプロダクトがキャッシュカウになり、そこから周辺事業へ自然に拡張している。
3-2. 多角化の成功要因
- “熱狂的ファンコミュニティ”の形成
- Equity for Punksにより数千〜数万人規模の出資ファンを獲得
- 飲食店やホテルを開く際にも、このコミュニティが強力に支えてくれる
- 既存顧客と親和性の高い事業
- クラフトビールファンにとっては、BrewDogバーやビールホテルは「待望の場」
- コアブランドがブレないため、違和感なく事業を多角化できる
- 経営者の発想
- James Wattは“攻めの挑戦”と“着実な原資づくり”の両軸をうまく回しており、単に拡大するだけではなく顧客ロイヤルティを最優先している
4. 市場・地域
4-1. 市場
当初は英国ローカルのクラフトビール好きがメイン顧客層でしたが、テスコなどの大手スーパーマーケット参入を機に一気に国内全国区へ。そしてアメリカ、日本、スウェーデンなど海外へ輸出を拡大。
クラフトビールブームやSNSでの口コミが後押しし、「美味しいビールとパンクマインド」という強烈な差別化で世界各国のファンを獲得。今後は中国市場への進出などにも意欲的です。
4-2. 地域
- 本拠地:スコットランド・フレイザーバラ
- 地元雇用を創出しつつ、英国国内への流通基盤を確立
- 地元雇用を創出しつつ、英国国内への流通基盤を確立
- 北米への参入
- 米国オハイオ州に大型醸造所&ホテル
- 現地クラフトビール市場にも積極アプローチ
- アジア地域
- 日本市場においてもクラフトビール人気の高まりを捉え、輸入代理店を通じて展開
BrewDogはマーケットごとの店舗型進出(バーの直営)と輸出の両面を使い分け、拡大のスピード感をコントロールしています。
5. 失敗事例や課題
5-1. 借入リスクと「攻めすぎ」とのジレンマ
BrewDogは今でこそ成功企業ですが、創業1年目で設備拡張するために銀行から追加融資をガンガン引き出したり、急激にアメリカへ進出して投資を集める局面ではキャッシュが厳しかったと言われています。
もしテスコとの契約がこけていたら、あるいはコンペで勝てていなかったら、当時の融資返済は難しかったかもしれません。攻めと守りのバランスを取りながらリスクと戦っていたのは事実です。
5-2. コミュニティマネジメントの難しさ
Equity for Punksはブランドコミュニティにとって強みである一方、個人株主の数が膨大になるので経営者としての情報開示やコミュニケーションは簡単ではありません。SNS上での声が大きくなりやすく、製品の倫理面や環境面で批判が出た際には火消しが大変だったようです。
ソリッドベンチャーとしては資金調達時にコミュニティを巻き込みファンを増やせる反面、リスク管理も必要になる点は学びどころです。
5-3. 企業文化・ブランドイメージの統一
飲食店、ホテル、動画配信など事業が多岐にわたると、ブランディング面で軸がズレるリスクがあります。BrewDogの場合はパンク精神やDIY感を企業文化として徹底し、どの新規事業にも「BrewDogらしさ」を感じさせることで統一感を保っている。しかし、海外支店が増えるにつれカルチャー維持が難しくなるとも言われており、今後の課題でしょう。
BrewDogに見る海外ソリッドベンチャー的アプローチ
BrewDogの事例を総括すると、「創業当初からの堅実な収益源(クラフトビール製造・販売)をテコに、新しい挑戦を継続し、外部からの資金調達を効果的に使う」点が印象的です。
スタートアップ的な短期Jカーブではなく、ビールの製造販売で毎年確実に売上と利益を確保し、その信頼を背景に銀行融資やEquity for Punksを呼び込み、規模拡大している。
また、途中で大手VC投資を受け入れるにしても、先にファンコミュニティへの株式公開(Equity for Punks)を行い、ブランドロイヤルティと資金、両面を得る戦略が新しい。
これは単なる“金集め”にとどまらず、コミュニティづくりを同時に達成した、ある種「クラウドファンディング型の株式投資」として画期的でした。
こうした姿勢はまさに“ソリッドベンチャー”的であり、以下のような示唆を与えてくれます。
- 本業をキャッシュカウに
- ネイル会社や美容サロンなどでも、本業が堅実に回っていれば新規事業投資の原資を自己資本で賄える
- BrewDogはそれをビール製造で実践し、地元スーパーやフェスを軸に堅く攻め続けた
- 拡大局面でのコミュニティづくり
- 外部VCに依存せず、独自のEquity for Punksを展開
- 応援出資者から「経営に口出しされる」リスクもあるが、それ以上に熱狂的なファン化を得られるメリットが大きい
- 多角化してもブランド軸をブレさせない
- 飲食店・ホテルというアプローチは「ビールを軸にした体験提供」
- ファンはどこに行ってもBrewDogならではの楽しみを味わえる
- 市場拡大の段階的アプローチ
- まずイギリス国内をしっかり攻めた後に、北米、アジアへ輸出→拠点設立→投資誘致
- その間も「新しいビールレシピ開発やメディア露出」でブランドを磨き込み
これらはまさに「ソリッドに始め、攻め時は外部資金を受けて一気にブーストする」という王道パターンを体現していると言えるでしょう。
BrewDogに学ぶ海外ソリッドベンチャーの可能性
BrewDogが示すのは、“本業を着実に伸ばしながらコミュニティと共に拡大していく”という海外ソリッドベンチャー像です。
スタートアップの世界ではどうしてもVCから大金を集めて短期間で株価を上げる、いわゆる「ハイリスク・ハイリターン」路線が注目されがち。しかしBrewDogのように、地道な売上と利益の積み上げにより会社を支え、段階的に外部調達を選択して世界市場へ飛び出す企業も十分に成功し得るのです。
また、一度コミュニティ化したファンを巻き込んだ資金調達(Equity for Punks)は、売上や資本だけでなく熱狂的なエンドユーザーをも手に入れられる点がユニークです。今後さらに海外市場を攻め、ビール業界のみならず飲食・宿泊・メディアまで含めた巨大プラットフォーム企業へと成長していくかもしれません。
日本でも「自社サービスや飲食事業のファンコミュニティを抱える企業」が増え、SNSやクラウドファンディングを活用するケースが増えています。BrewDogの事例は、そうした企業にとって大いに参考になるでしょう。
「大金をVCから集めるのが王道」とは限らない。「ソリッドベンチャー」の概念が広がるにつれ、本業で堅実なキャッシュを築いた上で、多彩なステージで外部資金を受け入れ、ファンに向けて“ブランド体験”を深める――この流れは、海外でも十分通用し、むしろ世界各地のローカルブランドこそ取り組むべき成長シナリオと言えるのではないでしょうか。
総じてBrewDogは「地方発 × コミュニティ × 段階的資金調達」の掛け合わせで、新しいビジネス成長モデルを体現しています。クラフトビール好きな若者たちを強力なファンに仕立てながら、飲食やホテル領域にも拡大。それらをクロスさせて収益源を増やすという、多角化戦略の好例です。
大切なのは、創業期から「固い収益源を確保し、投資リスクを抑えながら拡張する」姿勢。 これこそが海外ソリッドベンチャーならではの可能性を示唆しているのではないでしょうか。
参考URL
- BrewDog公式 (Company Information)
- BrewDog公式 (History)
- Forbes Japan – BrewDog創業ストーリー
- Headspace – Entrepreneurs: How BrewDog Started from nothing
- note: ECrowd_official – BrewDog事例
- 日経ビジネス書籍
(リサーチ担当:fumiya tokoro / https://x.com/fumiya_tech)