小さく始めて大きく成長、ソリッドベンチャーの拡大パターン

公開日:2025.01.07

更新日:2025.3.26

筆者:エンジェルラウンド株式会社 大越匠

近年、VCからの大規模調達を武器に一気呵成に市場を取りにいくスタートアップが注目される一方で、あえて無理のない規模から始め、じわじわと事業領域を拡大していく“ソリッドベンチャー”への関心が高まっています。派手な成長曲線ではなく、安定的な利益をベースに無理なく拡張していく──この堅実なアプローチがリスクを抑えつつ市場に定着し、長期的な成長を可能にするのです。本記事では、「小さく始めて大きく成長」するソリッドベンチャーの特徴や具体的な拡大パターンについて、事例を交えながら詳しくご紹介します。

ハイライト

  • 小さく始めることでリスクとコストを抑え、方向転換を容易にする
  • 安定収益を基盤に、新規事業や周辺領域への“ジワ新規”を加速
  • 急激な拡大よりも“長期的な安定”と“社員・顧客満足”を重視する

小規模スタートがもたらす“無理のないリスク管理”

大きな設備投資を避け、まずは小さく始める発想

ソリッドベンチャーの最大の特徴のひとつが、「大きな初期投資を必要としない事業領域」からスタートしている点です。例えば、開発リソースや設備費用を最小限に抑えたり、事務所もコンパクトに始めたりなど、キャッシュを安易に溶かさないようにするのがポイント。

  • ユナイトアンドグロウ社は、ITリテラシーの高い人材をシェアリングする会員制モデルを創業期から導入し、大きな投資をせずに顧客ニーズを確かめました。結果として「小回りの利くサービスを欲する中堅・中小企業」という明確なターゲットを絞り込み、そこに徹底的に応える形で安定した収益を得られるようになったのです。

小さく始めるメリットは“方向転換のスムーズさ”

立ち上げ段階で必要以上に人員や資金を投入すると、「この方向で絶対に成功しなければ」という心理的負担が大きくなり、柔軟な方向転換が難しくなります。ソリッドベンチャーは逆に、少数精鋭や小規模リソースで開始し、顧客や市場の声を拾いながら事業の微調整を繰り返します。

そのため、もし初期のアイデアが予想ほど響かなくても、軌道修正にかかるコストや時間を最小限に抑えることができます。大きな固定費を抱えるリスクが少ないので、経営者は“勝ちパターン”が見えるまでじっくり試行錯誤できるのです。

安定収益の獲得と段階的拡大が生む“強固な土台”

まずは堅実に“キャッシュカウ”を作る

ソリッドベンチャーは、創業早期から何らかの形で安定的に売上を生むコアサービスを確立するケースが多いのが特徴。派手さはなくても“確実に稼げる”領域で地盤を固めることで、新規領域への投資を無理なく行えるようになります。

  • ファインドスター社は、ダイレクトマーケティング支援という堅実なBtoBサービスを主軸に、そこで得たノウハウと収益をもとにグループ会社を拡大してきました。こうした地道な拡張によって“売上をしっかり積み上げる”と同時に、“新しいマーケティング手法”にも段階的に挑戦できる土台が築かれています。

段階的拡大で“失敗しても本体が揺らがない”仕組み

安定収益をベースに次の一手を打つことで、もし新規領域が上手くいかなくても、本体事業にダメージが及びにくいメリットがあります。たとえば既存顧客への追加サービスや周辺領域の製品を導入するなど、少しずつ幅を広げていくのが“ソリッド”な拡大の王道パターン。

  • Speee社は、モバイルSEOのクライアントワークで安定した事業基盤を作りつつ、そこから不動産メディアやレガシー産業DXなどへ徐々に参入する形を取っています。創業期から積んできた顧客基盤・メディア運営のノウハウを活かすことで、急激な変化に振り回されずに済むのが強みです。

“ジワ新規”で新たな市場を攻める柔軟性

「大きく当てる」ではなく「既存の強みを流用して広げる」

ジワ新規の真髄は、既存のコア事業や顧客アセットを転用しながら、少しずつ新しい市場に進出していくところにあります。真っさらな市場をゼロイチで切り開くよりも、既に築いた信頼やネットワークをレバレッジにして着実に広げるのです。

  • ギークリー社はフリーランスエンジニアのマッチングプラットフォームで実績を積み上げながら、顧客が必要とする周辺サービス(コンサルや追加の人材サポートなど)を“ジワジワ”追加提供してきました。派手な爆発力を狙うというよりは、コア事業の安定性をテコに次々と新領域を開拓するモデルで成果を出しています。

初期投資とリスクをコンパクトに保ちながら試行錯誤

ジワ新規のメリットは、新規事業の立ち上げ時にかかるコストや手間を必要最小限に抑えられる点です。社内リソースを少人数のプロジェクトチームに絞り、新サービスを試験導入して手応えを見極めるなど、失敗しても会社全体に大きな損害がない範囲でトライできるのが強み。

こうして得られた知見は素早くフィードバックされ、本格的なローンチ時には成功確度を高めた状態で出撃できるというわけです。

ソリッドベンチャーが生む“長期的な安定と信頼”

“外部資本に翻弄されない”メリット

ソリッドベンチャーは、多額の資金調達を行わないことが多く、投資家への配慮よりも“顧客と自社のビジョンを最優先”しやすい環境を整えています。

大口出資者に振り回されるリスクが低いため、時間をかけてサービス品質を向上し、利用者との信頼関係を築くことに集中可能。結果、拙速な拡大策で組織やブランドを疲弊させることなく、「ほどよい成長速度」を保てます。

組織や人材育成への十分な余裕

大規模スタートアップでは社員が常にスピードに追われるケースが多いのに対して、ソリッドベンチャーは安定的なキャッシュフローから来る一定の“余裕”が社員教育や社内制度整備に回せるのが特色です。

  • INTLOOP社が、フリーランスと社員を組み合わせたコンサルモデルで成長している背景には、組織として多様な働き方や学習の機会を設計できている点が大きく寄与しています。安定した受託やコンサル収益があるからこそ、新たな専門分野への学習やアライアンス拡大に投資できるのです。

ソリッドベンチャーがもたらす新たな可能性

  1. 大企業に負けない柔軟性を発揮できる
    • 莫大な資本力はなくとも、組織や事業の軌道修正を機動的に行えるため、変化が激しい市場でも着実に対応。
  2. 派手なスタートアップにない安定感で長期視点の経営ができる
    • 初期からキャッシュを意識した経営を行うため、短期のトレンドに左右されにくく、じっくりと成長戦略を練り上げられる。
  3. 社員と顧客双方からの信頼を高めやすい
    • 組織規模が急に膨れ上がらないぶん、社内文化とサービス品質を守りつつ拡大できる。結果、定着率の高い人材やロイヤル顧客を獲得しやすい。

小さく始めて大きく育つソリッドベンチャーの未来

大きな調達を得て急成長を狙うスタートアップが華やかに語られる裏で、あえて堅実路線を進むソリッドベンチャーの存在感はますます増しています。「小規模スタート → 安定収益の確保 → ジワ新規で拡大」というパターンは、一度足場を固めれば経営が揺らぎにくく、長期的な信頼を築きやすいスタイルと言えるでしょう。

今後、市場変化が一段と激しくなることを考えると、“自社ペースでしっかり稼ぎながら挑戦を続ける”ソリッドベンチャーのモデルは、多くの起業家や経営者にとって有力な選択肢となるはずです。派手さはないかもしれませんが、「小さく生んで、大きく育てる」という安定感と持続力を兼ね備えたアプローチが、新時代のビジネスを切り拓いていくでしょう。

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