「IPOをあえて目指さない」ソリッドベンチャーの非上場成長モデルを考える

公開日:2024.12.24

更新日:2025.1.7

筆者:エンジェルラウンド株式会社 大越匠

ハイライト

  • 短期的な投資家の要求に左右されないため、経営の柔軟性と長期視点を両立できる。
  • 非上場でもM&Aや部分的株式売却など多様な出口戦略があり、大規模調達がなくとも堅実に成長可能。
  • 企業文化や顧客関係を長期的に育むことで、ソリッドベンチャーは独自の強みと差別化を実現する。

非上場を選択する背景と狙い

なぜIPOではなく非上場を選ぶのか

スタートアップの世界では、IPOによる資金調達は“王道”といわれがちです。しかし、ソリッドベンチャーと呼ばれる企業の中には、あえて上場を目指さないところがあります。

背景には、短期的な株価上昇や投資家リターンを優先するのではなく、本来のサービス価値や長期的な企業ビジョンに注力したいという強い思いがあります。

上場準備や四半期開示への対応は、経営者や主要メンバーの時間と労力を大きく奪うものです。

さらに上場後は、株主総会やIR活動を通じて、どうしても短期志向の投資家の意向を無視できなくなる可能性があります。たとえば、「来期までに10倍の成長」というプレッシャーが強まると、会社が本来目指す事業軸が歪んでしまうケースも少なくありません。

だからこそ、ソリッドベンチャーは“IPO以外の選択肢”に目を向け、安定収益と着実な拡大を優先する経営スタイルを確立しているのです。

ソリッドベンチャーの特質

ソリッドベンチャーは、スタートアップほどの爆発的な投資や急拡大を前提としない一方、継続的に黒字を出しながら新規事業を育てる手堅さを特徴とします。

自身のキャッシュフローを原資に事業を拡大し、投資家や株主の短期要求に振り回されないのがポイントです。このため、企業風土としては「じっくり腰を据え、長期的視野でサービスを磨く」姿勢が育ちやすい傾向にあります。

加えて、上場企業のように厳格なガバナンス体制を求められずとも、自分たちなりのコンプライアンスや内部統制を適切に整える必要があります。

自由度が高い反面、すべてを自社でコントロールする責任も生じる—これがソリッドベンチャーとしての非上場経営の狙いであり、同時に大きな挑戦でもあるのです。

非上場成長モデルのメリットと課題

経営の柔軟性・長期視点がもたらすもの

IPOしないという選択肢は、大規模な投資や上場による急拡大が難しくなる一方で、企業独自の戦略を長期的に貫きやすいのが大きな魅力です。

株主総会を意識した短期的な利益要求や、四半期ごとの決算報告に追われる負担が少ないため、1年〜3年のプロジェクトに腰を据えて取り組むことができます。

また、外部株主が少ない場合、経営権が創業者もしくは少数のパートナーに集中しやすく、意思決定のスピードが速いのも強みです。たとえば、新事業を立ち上げる際に細かい稟議が必要だったり、株主から事前承認をとるために数カ月かかるような面倒がありません。

これは結果的にイノベーションのサイクルを回しやすくし、既存事業とのシナジーを素早く獲得できる可能性を高めます。

資金確保とガバナンス構築の難しさ

一方、IPOほどの大型調達が見込めないため、利益の再投資やデットファイナンス(銀行借入など)によって地道に成長を図る必要があります。

事業が軌道に乗っていれば銀行融資は得やすいかもしれませんが、急拡大のための投資資金を一度に用意するのは容易ではありません。

また、外部監査や株主監視が少ないからこそ、経営の透明性や内部統制、ガバナンスをどのように確保するかは課題となります。とりわけ社内プロセスが整備されないまま規模だけ大きくなると、不祥事やコンプライアンス違反のリスクも高まるかもしれません。

非上場企業のメリットを活かすには、自律的なガバナンス体制をちゃんと整える努力が不可欠です。

非上場でも大きく伸びたソリッドベンチャー事例

DONUTS社:SI×メディア×勤怠管理の多角展開

DONUTS社は創業期こそ受託開発(SI)で堅実にキャッシュを得ていましたが、その後は自社メディア「ハウコレ」、勤怠管理SaaS「ジョブカン」、さらにはゲームアプリに至るまで 複数の事業を同時に育てる 戦略をとっています。

  • 上場を回避しながらも複数事業で売上を拡大
  • 自社キャッシュフローを新事業へ投資する“連続チャレンジ”

結果的に数百名規模で多角化に成功し、国内でも存在感を高めています。四半期ごとの株主向けレポーティングに追われないからこそ、いくつものサービスを同時並行でトライアル&エラーできるのが強みともいえます。

レバレジーズ社:人材領域の裾野を横に広げる

レバレジーズ社は、ITエンジニア向け人材サービスからスタートし、医療・介護など幅広い領域へ横展開を続けています。

  • IT→看護→介護→他業種へ進出
  • 上場せずに売上1,000億円超を達成

投資家や株主からの短期リターン要求が小さいため、長期間をかけて人材育成とプラットフォーム整備に投資でき、結果的に大きな市場を獲得しました。非上場でありながら長期的視点の事業展開を徹底できた好例といえます。

非上場でも備えておきたい出口戦略

非上場だとしても、経営者や社員がどのように株式の価値を回収(Exit)できるかは大切なテーマです。IPO以外の手段としては、以下のような選択肢があります。

M&Aや事業譲渡でのグループイン

大手企業、あるいは戦略的シナジーが見込める同業に事業譲渡して創業者の株式を売却するケースです。創業メンバーは資産を得るだけでなく、そのままグループ企業の一員として経営を続ける形もありえます。

  • 例えば、人材関連事業を確立した後、大手HR企業に買収されてグループインしながら、自社サービスの文化やチームを継続させるといったシナリオ。非上場ながらも「大手の力を借りる形でさらに拡大」が可能になります。

社内持株会・バイバック

IPOせずとも、社内持株会を通じて社員に株を還元し、創業者が部分的にExitする方法があります。また、自社が利益から株式を買い戻す(バイバック)仕組みを整えておくと、早期に一部キャッシュ化することも可能です。

  • 社内持株会によって社員のロイヤルティやコミットメントを高めつつ、創業者は少しずつ株式を手放してリスクを回収するイメージです。バイバックの度合いをコントロールすれば、株主構成の安定も図れます。

長期経営で“EXITしない”モデル

必ずしも企業を売却したり上場したりせず、オーナー一族(または経営陣)が株式を保有しながら継続経営する選択肢もあります。言い換えれば、キャッシュフロー重視で利益を積み上げ、配当や役員報酬を通じてオーナーが長期的にリターンを得るパターンです。

  • このモデルは“企業を一生手元に置いて育てる”形でもあり、家業的な強みが生まれます。従業員や顧客から見ても、オーナーが定期的に入れ替わる可能性が低く、企業文化がブレにくいという利点があります。

結論:非上場成長のもたらす長期的メリット

IPOを回避するソリッドベンチャーは、スタートアップ的な爆発力こそ抑え気味ですが、

  1. 外部株主に左右されにくい経営を貫ける柔軟性
  2. 利益の再投資やデットを組み合わせた地道な拡大
  3. 多様な出口戦略を確保しつつ長期視点の事業運営
    などにより、市場で独自のポジションを築いています。

長期にわたって安定した収益を保ち、新規事業にも積極的に投資できるのは、短期的な株価を気にせず企業理念や顧客価値を追求できるからこそです。

結果として、企業規模が大きくなっても、創業当初のビジョンを見失わずに成長を続けるケースが多く見られます。

非上場を貫くという経営判断は、上場準備にかかるコストや投資家への短期迎合を最小限に抑え、長期的な目標に向けて堅実に歩むための選択肢となり得るのです。

ソリッドベンチャーが今後も増えていく背景には、投資環境や社会の価値観が多様化している事実があります。上場企業がベストというわけではない一方で、非上場でも大きな成功を収める道は十分に存在します。

堅実な収益基盤と文化形成、そして多彩なEXITオプションを手にしながら、ソリッドベンチャーはこれからも持続的な成長を遂げるでしょう。

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