2025.02.03
Cresilon Inc.(旧Suneris)
はじめに
近年、「スタートアップ=大規模調達でスケール狙い」という定型イメージに対して、本業でしっかりキャッシュを生みながら新規事業に着実に乗り出す“ソリッドベンチャー”が注目を集めています。海外でも、VC資金に全面依存しないで事業成長を図るベンチャー企業は珍しくありません。
本記事でご紹介するCresilon Inc.(旧Suneris)は、まさにソリッドベンチャー的なアプローチで拡大を続ける米国企業です。革命的ともいえる止血技術を武器に、まずは獣医市場でキャッシュカウを作り、その後ヒト医療市場に参入して世界展開を目指しています。
彼らの取り組みはどのように始まり、いかにして外部資金と自社資金を組み合わせながら成長してきたのでしょうか?
0. 会社情報
- 会社名: Cresilon Inc.(旧Suneris)
- URL: https://cresilon.com/
- 代表者名: CEO ジョー・ランドリーナ(Joe Landolina)
- 創業年: 正式な法人化時期は2013年頃とされる
- 本社所在地: アメリカ合衆国・ニューヨーク市
Cresilonは止血剤の研究・開発・製造・販売を行う医療系ベンチャー企業で、獣医向け製品「VETIGEL®」で最初に注目を浴びました。現在はヒト向け止血剤「CHG™」「TRAUMAGEL®」のFDA承認も取得し、グローバル市場でのシェア拡大に取り組んでいます。
1. 企業の歴史と創業期の情報
1-1. 創業当初の事業モデル
Cresilon(当時Suneris)が最初にリリースした主力製品は、動物病院向けの止血剤「VETIGEL®」。大学在学中のジョー・ランドリーナ氏が、藻類の細胞壁から抽出したポリマーを基に止血技術を開発し、獣医市場向けにリリースしたのが始まりでした。
このVETIGEL®は傷口に塗布すると数秒〜数十秒で止血効果が得られるという優位性があり、従来のガーゼや圧迫止血ではできなかった迅速・確実な血液凝固を実現。獣医師たちから好評を博し、開業間もない頃から売上を確保できた点が“ソリッドベンチャー”らしい一面です。
1-2. 創業者のバックグラウンド
- ジョー・ランドリーナ(Joe Landolina)
NYU Tandon School of Engineering在学中に止血技術を研究。家族がワイナリーを経営しており、彼自身もブドウや植物を使った化学実験を多く経験してきたことが大きなアドバンテージになった。学生時代に藻類由来のポリマーを使って「ECM(細胞外マトリックス)」を模倣する手法を発見し、瞬時に止血できるゲルを開発。 - アイザック・ミラー(Isaac Miller)
寮生仲間でNYU Stern School of Businessを卒業。ビジネス部門を支え、共同創業当初から資金調達や経営面をリードした。
学生時代の学内コンペ Inno/Vention Competitionに優勝したことをきっかけに、メディアの注目が高まり、Dorm Room Fundなどからシード出資を獲得するに至りました。
2. 成長戦略と資金調達の有無
2-1. 研究・開発期(2010〜2014年頃)
- 研究開始: 2010年前後、NYUでランドリーナが藻類ポリマー由来の止血技術を研究
- 学内コンペ優勝: 2011年 Inno/Vention Competitionで大きく評価を獲得
- シード調達: 2013年5月、Dorm Room Fundからのシード資金導入
- 会社設立: 同時期にSunerisを正式に法人化し、試作品の改良・特許取得などに注力
この時期は売上ゼロまたは小規模にもかかわらず、大学や研究機関との共同開発を進め、基礎特許を押さえながら「VETIGEL®」製品化に備えました。
2-2. 製品化・市場開拓(2014〜2018年頃)
- VETIGEL®の完成: 2014年頃に動物用止血剤を初リリース
- 外部資金1: 2015年5月 Innovating CapitalからシリーズAの調達(額不明)
- 販路構築: 動物病院や獣医師に向けて直販 or パートナー企業との協業により、確実に売上を拡大
止血の技術的優位性が評判を呼び、米国の獣医市場で認知度が高まると同時に、生産規模拡張や認証取得に必要な資金をシリーズAでカバー。ここで得た収益自体を次なる研究投資に回すスタイルが、ソリッドベンチャー的な動きといえます。
2-3. ヒト向け製品開発と拡大(2019〜2023年)
- 外部資金2: コスラ・ベンチャーズ(Khosla Ventures)などが参加するシリーズAで追加資金調達
- 国防総省との研究: 外傷性脳損傷治療応用などの共同開発
- 人間用止血剤CHG™/TRAUMAGEL®
- FDA承認取得
- 外傷時の緊急止血や手術用など、幅広い医療分野での活用を目指す
また2022年10月にはPaulson Investment Companyから2,500万ドルのシリーズA-4を調達し、さらにRevelation Partnersなども参画。これにより製造設備の拡張やマーケティング活動を一層強化しています。
2-4. グローバル展開と今後
- 2023年以降: ヒト用止血剤が本格展開され、米国のみならず欧州・アジアへの輸出も進む見込み
- 外部資金3: シリーズA-4の後も、追加でシリーズBラウンドを計画中との報道もあり
Cresilonは動物用止血剤からスタートし、“キャッシュカウ”を確立しつつ、外部資金も効果的に取り入れ、ヒト医療という一段大きな市場へ進出。ソリッドベンチャーのロールモデルとも言えるでしょう。
3. 事業の多角化や新規事業の開発
3-1. 本業→新規事業の展開
Cresilonのコア技術は「植物由来ポリマーを使った迅速かつ安全な止血」であり、まずは動物向けVETIGEL®で実用化。これが業績の基礎となり、そこから多角化を進めています。
- VETIGEL®(獣医向け)
- 圧倒的な止血スピード
- 植物由来なので生体適合性が高い
- FDAの動物用承認をクリア
- CHG™ / TRAUMAGEL®(ヒト向け)
- 軽傷〜中程度以上の外傷を想定
- FDA承認を取得しており、救急外来や軍事用途にも応用可能
- 外傷性脳損傷治療
- 国防総省や関連研究機関と共同開発
- 新たな大型応用分野として期待
3-2. 事業多角化の成功要因
- コア技術の水平展開
- どれも同じ“止血技術”であり、R&Dや製造ノウハウを流用できる
- そのため派生製品を出しやすい
- 顧客基盤の親和性
- 獣医師・動物病院での実績をもとに、医療機関や薬事規制当局などとの折衝に役立つ
- 動物向けから“ヒト用”という難度の高い領域へ拡張するにあたり、既に製品化と承認プロセスの知見を得ていたのが大きい
- キャッシュカウ×外部資金の併用
- ある程度VETIGEL®販売で得た収益を研究に再投資
- それでも足りない部分をシリーズAでカバーし、FDA承認に伴う大掛かりな臨床試験や生産拡張を実行
こうして同社は、段階的・効率的に事業ポートフォリオを拡大し続けています。
4. 市場・地域
4-1. 市場分析
動物用止血剤市場
- ニーズ: 手術や外傷対応の場面で素早い止血は必須。従来技術は時間がかかる、あるいは操作が難しい場合が多かった
- Cresilonの優位: 植物由来で生体への負担が低く、圧倒的な止血速度。先行者利益を得て、動物病院・獣医師コミュニティで良好な評価を獲得
ヒト用止血剤市場
- ニーズ: 怪我や手術での出血をいかに短時間で止めるかは医療の大きな課題。救急医療・軍事現場・外科手術など広範な応用可能性
- Cresilonの優位: FDA承認済みのゲル型止血剤。これまでガーゼ圧迫や医薬品基盤の止血剤の欠点(効果発現が遅い、特殊な保存条件が必要など)を克服
4-2. 地域展開
- 北米: 本社所在地であり、FDA承認を軸に米国市場が中核
- ヨーロッパ: Covetrusとの国際販売契約でVETIGEL®を英国・欧州へ展開
- 今後の展望: アジア市場も視野に入れており、各国の薬事承認を取得中とみられる
マーケット潜在性としては、米国だけでなく世界中の医療機関や軍事・救急医療で需要が見込まれており、グローバルに急拡大する可能性を秘めています。
5. 失敗事例や課題
Cresilonは順調に見える一方、臨床試験の長期化や薬事承認プロセスのハードルなど、課題は多数存在すると考えられます。大きな失敗事例が公表されているわけではありませんが、以下のリスクが推測されます。
- 薬事承認の遅延
- ヒト用医薬品はFDAや各国当局の承認を得るまで時間とコストがかかる。臨床試験が予定より長引けば資金繰りが厳しくなる可能性
- ヒト用医薬品はFDAや各国当局の承認を得るまで時間とコストがかかる。臨床試験が予定より長引けば資金繰りが厳しくなる可能性
- 競合の台頭
- 止血技術領域では、大手製薬企業や他のバイオ系ベンチャーが類似製品を開発中。Cresilonの優位性が今後どこまで維持できるかが課題
- 止血技術領域では、大手製薬企業や他のバイオ系ベンチャーが類似製品を開発中。Cresilonの優位性が今後どこまで維持できるかが課題
- 生産コストと拡張
- 植物由来ポリマーの大量生産ラインをいかに効率化するか。需要が急増すると供給不足や品質管理の問題が顕在化する恐れ
- 植物由来ポリマーの大量生産ラインをいかに効率化するか。需要が急増すると供給不足や品質管理の問題が顕在化する恐れ
- 市場教育
- 新規の止血剤は医療現場での使用プロトコルや既存手順との相性があるため、ユーザーのトレーニング・啓蒙が不可欠
それでも、動物市場での確固たる売上を持つ点、またシリーズA〜A-4の段階で相当の資金を確保している点は、リスクを下げるソリッドベンチャーらしい戦略といえます。
Cresilonに見る海外ソリッドベンチャーの本質
- 動物用製品→キャッシュカウを育てる
- VETIGEL®が先駆け製品として着実に売上を生み、研究やFDA承認の費用を支えた
- VETIGEL®が先駆け製品として着実に売上を生み、研究やFDA承認の費用を支えた
- 段階的な外部資金調達
- 全く調達しないわけではなく、適切なタイミングでシリーズAやシードを受け入れる
- 研究成果を事業化する上で欠かせない資金を外部から注入。自社資金とのハイブリッドで成長
- 技術の水平展開が容易
- コア技術が止血という単一分野に集約。獣医・ヒト医療どちらにも応用可能。特許や製造ノウハウを共通化しやすい
- コア技術が止血という単一分野に集約。獣医・ヒト医療どちらにも応用可能。特許や製造ノウハウを共通化しやすい
- 市場ニーズに合わせたフェーズ管理
- まず規制のゆるやかな動物医療で実績→そこからヒト医療に進出→軍事・外傷性脳損傷領域へ応用というステップを踏む
- まず規制のゆるやかな動物医療で実績→そこからヒト医療に進出→軍事・外傷性脳損傷領域へ応用というステップを踏む
- 組織文化と外部連携
- 大学・研究機関・国防総省などと連携し、社会的インパクトの大きい問題解決を志向
- 社員のモチベーションが高まりやすく、投資家や顧客にも「命を救う」ミッションが明確に伝わる
このように、Cresilonは「受託ビジネス」からスタートしたわけではありませんが、まずは動物市場というややハードルの低い領域で製品を商業化→そこで得たキャッシュと追加調達を併用し、より大きなヒト医療市場へ入るという“ソリッドベンチャー”らしいロードマップを実践してきました。
まとめ
Cresilon Inc.(旧Suneris)は、創業者ジョー・ランドリーナ氏が学生の頃に発見した止血技術を中核に、獣医市場→ヒト医療市場→軍事・外傷治療への拡張という段階的な成長を遂げる海外ソリッドベンチャーです。主力製品であるVETIGEL®を収益源(キャッシュカウ)として活用しつつ、シリーズA〜A-4といった外部資金を効果的に導入、FDA承認を得て世界市場へ挑戦する姿が印象的。
医療分野という薬事規制が厳しい領域において、まず比較的導入がスムーズな動物向けで成功実績を作り、次にヒト医療へとスライドするアプローチは、スタートアップの成功パターンとして注目に値します。VC資金を過剰に導入せず、自社で生み出す売上を基礎にR&Dを進める“ソリッドベンチャー”的経営が、Cresilonの強みにもなっているのです。
急成長を追求しがちなバイオテック業界でも、こうした堅実路線で企業価値を高める事例は少なくありません。Cresilonの例は、持続可能な収益モデルを先に固め、段階的な外部調達でリスクを取りながらも“命を救う”大きな目標に挑む、まさに海外ソリッドベンチャーのロールモデルといえるでしょう。
参考URL
- Cresilon公式サイト
- NYU Tandon School of Engineering – Cresilon Innovators
- TED Talk – Joe Landolina
- Crunchbase – Suneris
- Inno/Vention Competition (NYU)
リサーチ担当: 岩沢 太(https://x.com/EMAT44969237)