2024.11.21
「ソリッドベンチャーとしてのDONUTS」著者の視点
スタートアップの世界で注目される企業には、ベンチャーキャピタルから多額の投資を受けて急拡大を目指すモデルが多く見受けられます。
一方で、堅実なコア事業で地盤を固めつつ、少しずつ新領域へ参入して収益ポートフォリオを広げていく「ソリッドベンチャー」も存在します。
こうした企業は、大きな赤字を抱えずに成長を遂げることで安定性を確保し、同時に多角化によりリスクヘッジを行いながら大きなリターンを狙うのが特徴です。
本記事では、2007年の創業以来、受託開発→モバイルゲームヒット→クラウドサービス『ジョブカン』シリーズ→動画・ライブ配信『ミクチャ』→医療IT・出版などへの新規参入といった形で躍進を続ける「株式会社DONUTS」にスポットを当て、ソリッドベンチャー的経営のポイントを考察します。
DeNA出身の創業者・西村啓成氏が「モバイルゲームで世界を変える」という強い思いを胸にスタートした同社は、モバイルゲーム事業のヒットを経て、さらにはクラウドサービスやエンターテイメント、医療領域にまで事業を拡大しています。
リスクを恐れずチャレンジし続ける企業文化と、安定収益源をしっかりと築くソリッドなアプローチを融合させてきた姿は、他の起業家や経営者にとっても大きな学びとなるはずです。
会社概要と創業期
会社情報
- 会社名:株式会社DONUTS
- URL:https://www.donuts.ne.jp/
- 代表者名:西村 啓成(代表取締役)
- 設立:2007年
本社は東京都渋谷区に位置し、多彩な事業を手がけるDONUTSは、現在では国内外で数百名を超える規模に成長。ゲーム事業のみならず、クラウドサービス「ジョブカン」シリーズや動画・ライブ配信アプリ「ミクチャ」など、さまざまなセグメントで存在感を示しています。
創業の背景:DeNA出身×受託開発スタート
西村啓成氏はDeNAでモバイルゲーム事業の立ち上げに携わった後、「自分たちの手で“世界を変える”ヒットコンテンツを生み出したい」という思いを持ち、独立。
2007年にDONUTSを創業した際、自己資金だけでは大きなチャレンジがしにくかったため、まずは受託開発でキャッシュを確保しながら自社プロダクト開発の機会をうかがいました。
この初期戦略がソリッドベンチャー的であり、急激に赤字を掘ることなく、リスクを最小化しつつ持続的な成長を模索する基盤となったのです。
受託は安定的な収益を生み出すと同時に、チームの開発スキルと実績を積み上げる良い場にもなりました。
ソリッドベンチャーとしてのDONUTS
1. 安定事業を足がかりに、主力事業で大きく飛躍
DONUTSが最初に大きく知名度を上げたのは、モバイルゲーム「暴走列伝 単車の虎」のヒットによるものです。受託開発で得た資金・ノウハウをリソースとして、自社オリジナルのモバイルゲーム開発に注力した結果、ガラケー時代からのユーザーコミュニティに支持される大ヒットを生み出しました。
これにより大量のキャッシュフローが確立され、企業としての体力を急上昇させます。
一般的なスタートアップは、いきなり大きなVC投資を受けてゲーム開発に突っ込むケースもありますが、DONUTSは「受託+自社開発」両輪で進め、結果的に早期から黒字経営を維持できたという点がソリッドベンチャーの王道ともいえます。
2. 多角化の要:クラウドサービス事業「ジョブカン」シリーズ
モバイルゲームで成功を収めた後、DONUTSはクラウドサービス「ジョブカン」を立ち上げました。勤怠管理、経費精算、労務管理、ワークフローなどBtoB向けSaaSを提供し、中小企業やスタートアップを中心に急速にシェアを獲得。
このクラウドサービス領域への参入は、「ゲームで得たUX設計力」「モバイル技術ノウハウ」が活かされたと考えられます。ゲームで培ったUI・コミュニケーション設計の知見が、業務管理システムでも「使いやすい・導入しやすい」プロダクトとして評価を集めた要因といえるでしょう。
また、この新規事業は、ゲーム事業とはビジネスサイクルが異なり、サブスク型のストック収益を形成。安定した売上を積み上げられることから、企業全体のポートフォリオをバランスよく整えることに成功しました。
3. エンタメ×テクノロジーの拡張:動画・ライブ配信「ミクチャ」
さらにDONUTSは、「ミクチャ(旧称:MixChannel)」という動画・ライブ配信サービスにも進出。これまでのモバイルゲームやSNS的なノウハウを活かし、ユーザーコミュニティを創出する新たなプラットフォームを構築しました。
ライブ配信市場は多くの強豪プレイヤーがいるレッドオーシャンですが、モバイルゲーム時代に培った運営・コミュニティサポートスキルが、ミクチャの運営にも生かされていると考えられます。これにより、DONUTSはゲーム中心の会社からさらにエンターテイメントプラットフォーム企業へと進化しているわけです。
4. 医療・出版メディアなど多様な事業ポートフォリオ
DONUTSはさらに医療ITや出版メディアなど、多様な領域へと手を広げています。医療IT分野では診療支援やオンライン診療、予約システムなどを手がけ、出版メディアではコンテンツ企画や編集を行うなど、新たな収益源を探求。
これらの事業多角化は、同社が掲げる「創造力と技術力で、世の中を面白くする」というビジョンに基づき、時代の流れを見ながら積極的に挑戦する企業文化が後押ししています。
たとえ失敗に終わる事業があってもノウハウや人材スキルは蓄積され、それが次の成功に繋がるという好循環を生み出しているのです。
資金調達と攻めの経営
1. 創業期:自己資金ベースで受託をしのぎ、独自サービス開発へ
先に述べたように、DONUTSの特徴は創業当初に大きな外部資金に頼ることなく「受託開発」を行い、それで得たキャッシュとノウハウを自己投資に回す形でモバイルゲーム開発のチャンスを掴んだ点です。
これはソリッドベンチャーならではの堅実なモデルであり、リスクを最小化しながらも独自事業にチャレンジする余地を残すアプローチでした。
2. 成長段階:外部資金も取り入れ、“攻めの経営”
モバイルゲームのヒットによりキャッシュが潤沢になった後は、さらなる成長のために自己資本を注入する形でクラウドサービスやエンターテイメント領域などへドライブをかける「攻めの経営」を実践。
大きな打ち手として、人材採用やM&A投資なども積極的に行い、事業領域を広げるスピードを加速させました。
ソリッドベンチャーとしての理想は、無理のない形での自己資本拡大と、ここぞという時の外部資金の活用を組み合わせること。DONUTSはそれを地で行き、ある程度成功が見えてからリスクを負う形で投資を行うため、経営が破綻するリスクを抑えられています。
多角化成功のポイント
1. コア技術とユーザーエンゲージメントノウハウの活用
DONUTSの事業はいずれも「モバイル」や「オンライン」でのユーザーコミュニケーションを基盤にしており、ゲーム事業で培ったUX/UI設計や運営ノウハウが他の事業にも横展開しやすいという特徴があります。
- クラウドサービス:使いやすさ・分かりやすさで導入企業数を拡大
- 動画・ライブ配信:ユーザーコミュニティ運営やイベント企画力
- 医療IT:ユーザー視点を重視したプロダクトデザイン
こうした共通基盤を持ち込むことで、決してまったく畑違いの事業に0ベースで参入するわけではなく、同社の強みを組み込んだ展開が可能になるのです。
2. 失敗から学ぶ企業文化
DONUTSは「失敗を恐れない」文化を持っており、新規事業の撤退や成果が思うように出なかったケースでも、その要因を分析し次に活かす土壌があります。
ソリッドベンチャーと言っても、新しい事業を行えばリスクはつきもの。しかし、受託や既存事業が堅調であるため、失敗しても致命傷にはならず、ノウハウや人材スキルを蓄積できるのが大きな利点です。
3. 時代の流れを捉える嗅覚
モバイルゲーム、クラウドSaaS、ライブ配信、オンライン医療、DXなど、すべて2000年代末から2020年代にかけて急成長した市場です。DONUTSは時代が大きく動き始めるタイミングを見逃さず、素早く参入することで先行者メリットを獲得してきました。
とくにクラウド勤怠管理の「ジョブカン」シリーズは、2010年代半ばの「勤怠管理DXブーム」に乗り一気に普及。ミクチャはライブ配信市場拡大の波を受け、ユーザー数を伸ばしました。こういった市場選びの巧みさもソリッドベンチャーに必要な嗅覚の一つです。
市場・地域戦略と今後の展望
DONUTSは国内で様々な事業を展開する一方で、海外進出にも意欲的です。モバイルゲームはグローバルマーケットでの可能性が大きく、クラウドサービスも海外支社やパートナーシップを通じて展開する余地があります。
一方、国内市場では競合プレイヤーも増えつつあり、新規サービスの成否は一層シビアになっています。そこでDONUTSは積極的にエンジニアやクリエイターを採用・育成し、開発力・企画力を高めることで差別化を図っています。さらにM&Aや事業提携によるスピードアップの戦術も視野に入れているはずです。
課題や失敗事例
DONUTSのこれまでの歴史の中で、すべての新規事業が成功したわけではありません。特に初期の頃は、受託開発に注力しすぎて自社サービス開発がおろそかになったフェーズや、新事業を急拡大しようとした結果リソース不足に陥った経験もあるでしょう。
ただし、同社は失敗を次への一歩と捉え、軌道修正を柔軟に行っています。また、事業が増えてくると組織設計やガバナンスの確立が必須となり、社員数が増加する中でコアバリューの浸透やマネジメントスキルの育成が喫緊の課題になっていると思われます。
それでも、既存事業が堅調な収益を出していれば、多少の失敗による赤字が会社全体を大きく揺るがすリスクは低いため、新規事業挑戦を続けられるのがソリッドベンチャーの強みといえます。
DONUTSに学ぶソリッドベンチャーの要諦
DONUTSは創業から受託開発で稼ぎ、その後モバイルゲーム「暴走列伝 単車の虎」をヒットさせてキャッシュフローを大幅に向上。さらに「ジョブカン」シリーズのクラウドサービスや「ミクチャ」の動画・ライブ配信、医療領域、出版メディアなどへ事業を広げ、いくつもの収益源を確保しています。
この多角化は闇雲に事業を増やしているわけではなく、ゲームから得たUX・コミュニティ運営ノウハウをSaaSやエンタメアプリに転用し、共通のコア技術を活かしている点がソリッドベンチャーらしい。受託や既存ヒット作による安定収益を背景に、外部資金も活用しながら果敢に新領域に挑む戦略は、成功とリスクコントロールを両立させる好例といえます。
ソリッドベンチャーとしての学びをまとめると、以下のように整理できます。
- まずは堅実なキャッシュエンジンを作る
- DONUTSの場合、受託開発で地道に収益を上げつつ自社開発の準備を進めた。
- 大きな調達に頼らなくても安定資金源があれば新規事業に挑みやすい。
- 一度のヒット(モバイルゲーム)で得たリソースを次の事業へ再投資
- 爆発的なキャッシュが生まれた時点で、ゲームに固執せずクラウドサービスや別領域へ横展開。
- シナジーを活かして複数の収益柱を構築し、リスクを分散。
- “失敗を恐れない”企業文化
- 新規事業は失敗がつきもので、それをいかに次に活かすかが鍵。
- DONUTSは「失敗から学び、分析し、必要なら撤退や軌道修正をする」プロセスを柔軟に行っている。
- テクノロジー×エンターテイメントの軸で時代の波を捉える
- モバイルゲーム→ライブ配信→クラウドSaaS→医療ITなど、成長市場にタイミングよく参入。
- 技術力とユーザーコミュニケーション力を掛け合わせて付加価値を創出。
- 外部資金も必要なタイミングで使う“攻めの経営”
- 創業期は自己資金ベースだが、拡大段階で自己資金を注入してスケール。
- リスク管理を行いながらも大胆な投資を行い、イノベーションを加速。
DONUTSのケーススタディは、ソリッドベンチャーが派手さではなく確実性を重んじつつ、いざ勝負どころでは“攻める”ことでダイナミックな成長を実現し得ることを示唆しています。
結果として、ゲーム・クラウドサービス・エンターテイメント・医療・出版という多岐にわたる市場にコミットし、それぞれで強力なポジションを狙える体制を整えるに至りました。
今後も社会やテクノロジーが急速に進化するなかで、DONUTSがどのような新事業を打ち出し、既存事業とのシナジーをどう高めていくのか― その動きは、他のソリッドベンチャーのみならずスタートアップ、あるいは大手企業にとっても重要な参考モデルになるでしょう。