2025.01.20
「ソリッドベンチャーとしてのジェリクル株式会社」著者の視点
日本国内には、ベンチャー企業の中でも、外部からの大規模資金調達をせずに事業を伸ばす企業群が存在します。
これらはしばしば「ソリッドベンチャー」と呼ばれ、自己資金や事業収益をもとに着実に経営基盤を固め、新たな技術やサービスを生み出していくことが特徴です。
スタートアップが多額の資金を調達して一気に成長を目指す「ハイパーグロース型」とは異なるアプローチを取りながら、独自の技術や理念をもとに社会課題を解決しようとする姿が注目されています。
今回取り上げるジェリクル株式会社 (Gellycle) は、東京大学で開発されたハイドロゲル技術をコアに、医療機器・医薬品の開発・製造・販売を行う企業です。2018年8月の設立以来、外部のエクイティファイナンスに依存せず、独立した経営姿勢を貫きながら事業を成長させています。
同社が展開しているハイドロゲル技術は、再生医療や創傷治癒、ドラッグデリバリーシステム (DDS) など、先進的な医療分野で応用可能なプラットフォーム技術として高い可能性を秘めています。
本記事では、ジェリクル株式会社の創業背景・成長戦略・事業多角化のポイントなどを中心に分析します。
創業当初の事業モデルと背景
ハイドロゲル技術を中核とした事業展開
ジェリクル株式会社は、2018年8月に創業しました。同社のコア技術は、東京大学で開発されたハイドロゲル(ヒドロゲル)の物性制御に関する革新的技術です。ハイドロゲルは、生体適合性や保水性に優れた材料であり、医療分野では傷口の保護から薬剤放出制御、さらには組織再生の足場としての役割を期待されています。
ジェリクルは、このハイドロゲル技術を軸に、医療機器・医薬品に応用できる製品群を開発・製造・販売することを創業時からビジネスモデルとして掲げてきました。すなわち、「ハイドロゲル技術をプラットフォーム化して、多様な医療上の課題に対応する」。この戦略が同社の事業骨子になっています。
創業者・増井公祐氏の経歴
代表取締役CEOの増井公祐氏は、1986年生まれ。大学時代には再生医療やDDS(ドラッグデリバリーシステム)などの先端技術を専攻しており、医療技術への強い関心と知識を備えていました。大学卒業後は、IT企業のレバレジーズに入社し、メディカル事業部にて事業立ち上げ、事業戦略立案、プロジェクトマネジメント、経営企画などを手がけ、売上を20億から100億規模に成長させる原動力となります。
その後、自身でもITベンチャーを起業し、さらには世界一周を経験。多彩なキャリアを積み上げたのち、改めて「医療現場に貢献する技術」の可能性を追求するために、ジェリクルを設立しました。
医療とITの両方に通じる増井氏のバックグラウンドは、ハイドロゲル技術を活用した製品開発と、その製品を社会に浸透させるマーケティング・経営戦略の双方を俯瞰できる点に強みがあります。研究開発型ベンチャーでは、技術そのものに注目が集まりがちですが、市場化への道筋を設計する経営手腕が欠けるケースもしばしばあります。
その点、増井氏は理系的素養とビジネスの実務経験を兼ね備えており、これがジェリクルのスピーディな事業推進に寄与していると考えられます。
事業の拡大手法とソリッドベンチャーとしての特徴
自己資金でのスタートと独立性の維持
ジェリクルが「ソリッドベンチャー」と呼べる最も大きな理由は、外部投資による大規模なエクイティファイナンスを行っていない点にあります。創業当初から現在まで、一貫して自己資金もしくは事業収益を再投資することで事業を拡大してきました。
ハイリスク・ハイリターンの大型資金調達をせずに、あえて独立性を維持し続けるのは、研究開発型ベンチャーとしては珍しい選択肢と言えます。
医療分野は研究開発に時間と資金がかかるケースが多く、VC(ベンチャーキャピタル)やCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)からの出資を得て急成長を目指す企業が多いのが一般的です。
しかしジェリクルは、長期的な目線でハイドロゲル技術の製品化を進めるためにも、外部資金の過度な介入を避け、独立性の高い戦略決定ができる体制を重視しています。
コア技術のプラットフォーム化
ジェリクルが掲げる成長戦略の鍵は、ハイドロゲル技術を「プラットフォーム」として位置付けていることです。単に1つの製品や特定領域への応用だけに限定せず、この技術を多彩な医療ニーズに応用可能な基盤と見なし、「ジェリクル方式のハイドロゲル」として広く展開していく狙いがあります。
具体的には、再生医療、ドラッグデリバリーシステム (DDS)、創傷治癒、眼科、整形外科など多岐にわたる分野で製品開発を進めています。たとえば、
- 再生医療分野:細胞培養の足場となるハイドロゲルを使い、組織修復や再生を効率的に行う
- DDS分野:ハイドロゲルが持つ高い保水性や緩衝性を利用して、薬剤の放出速度を制御する
- 創傷治癒分野:傷口を保護しつつ湿潤環境を保てるドレッシング材の開発
- 眼科分野:コンタクトレンズや角膜代替材料など、水分が豊富で生体適合性が高い素材を開発
これらのアプリケーションを並行して進めることで、市場や患者ニーズに応じた複数の製品パイプラインを持つことが可能になります。一つの製品に依存しないポートフォリオ型の事業展開は、リスク分散と収益源の多様化につながり、ソリッドベンチャーとしての堅実な拡大を後押しします。
事業の多角化と新規事業の開発
医療機器と医薬品の両輪
ジェリクルは、医療機器と医薬品という二つの領域をターゲットにしている点も特徴的です。医療機器は、薬事法上の承認プロセスはあるものの比較的スピーディに市場投入が可能であり、早期の事業化が期待できます。
一方で、医薬品は長期間の治験や大規模な臨床試験が必要になるため、開発コストと期間が膨大になるリスクがあるものの、成功した場合の市場規模と社会的インパクトは大きいと言えます。
ジェリクルはまずハイドロゲル応用の医療機器の開発を進め、それを足がかりに徐々に医薬品分野へと応用技術を広げていく戦略を採用していると推察されます。これにより早期に収益源を確保しつつ、長期的な視点でより大きなビジネスチャンスにも取り組む、段階的な多角化を図っています。
コア技術の応用範囲拡大
上述のように、ハイドロゲル技術はさまざまな医療分野で応用が期待されます。ジェリクルは、大学や研究機関との協力、あるいは医療現場との連携を強化しながら、製品のニーズと技術的可能性をすり合わせ、最適な形で製品開発を行います。
特に、企業の経営資源(資金や人的リソース)が限られる中小ベンチャーにとっては、いかに外部パートナーとコラボレーションできるかが重要な課題です。
ソリッドベンチャーは外部投資を控える一方で、人脈や共同研究などの形でリスクを分散する手法をとることが多々あります。医療やバイオ領域であれば、大学・研究所との連携や、大手製薬企業・医療機器メーカーとの共同開発によって、製品化のスピードとスケールを高められます。
ジェリクルの場合も、東京大学発の技術をベースとしていることから、学術面での強力なバックグラウンドを活かし、産学連携の可能性を模索していると推測できます。
研究開発とビジネス両面のバランス
研究開発型ベンチャーの多くは、技術力に特化したチームを持つ一方、マーケティング・経営戦略の面で課題を抱えがちです。しかしジェリクルの場合、代表の増井氏がレバレジーズ時代に事業開発からマーケティング、さらにITベンチャーの起業や世界一周まで経験しており、多角的な経営視点を有しています。
そのため、研究開発に偏りすぎることなく、事業としての収益化シナリオを描きながら製品開発を進められている点が、ソリッドベンチャーとしての強みになっていると考えられます。
成功要因と課題
ソリッドベンチャーとしての強み
- 明確なコア技術(ハイドロゲル)
ジェリクルは医療分野で汎用性の高い素材技術を保有しており、単一の用途に依存しないポートフォリオを組める点が大きい。 - 自己資金による独立性の維持
外部からの大型出資を受けていないため、経営方針や研究開発の方向性において、長期的な視点を取りやすい。特に医療分野では、治験や申請に時間を要するため、短期的なリターンを求める資本には不向きなケースも多いが、そのリスクを回避している。 - 研究開発と経営・マーケティングのハイブリッド
増井氏の経歴から見ても、医療とIT、さらには事業戦略構築とマーケティングを総合的に指揮できる人材がトップに立っており、技術とビジネスをうまく両立できる。
ソリッドベンチャーの視点から見た展望
ジェリクルは「ハイドロゲル技術のプラットフォーム化」という明確なコア戦略を持ち、医療業界の多様なニーズに応えていこうとしています。医療分野での研究開発型ベンチャーは、一般に大きなリスクと膨大な資金が必要とされます。しかし同社は、外部資本に過度に依存せず、自己資本の範囲で地に足をつけた開発を進める「ソリッドベンチャー」の姿勢を貫いています。
ソリッドベンチャーとして成功を収める鍵は、
- 長期的な視点に立った研究開発と市場投入のバランス
- 複数領域への応用によるリスク分散
- 高い専門性を持つ人材の確保
- 外部パートナーとの連携で開発費や市場開拓コストを効率化
これらをどこまで実行できるかにかかっています。ジェリクルは、すでに増井氏の多面的な事業経験を活かしている点や、大学研究の成果をコア技術として活用している点で優位に立っています。
一方で、医療機器や医薬品という形で製品化・上市されるまでには長い年月を要し、キャッシュフローが厳しくなるリスクも否めません。さらに、競合の出現や規制対応など、ハードルの高い課題にも継続的に取り組む必要があります。
とはいえ、国内外を問わず再生医療やDDS、創傷治療、整形外科などの分野は今後も需要拡大が見込まれる領域であり、ジェリクルのハイドロゲル技術が臨床現場で実用化されれば、極めて大きな社会的インパクトをもたらす可能性があります。
ソリッドベンチャーとしての安定感と、医療分野における先進技術を融合するビジネスモデルは、他の研究開発型ベンチャーにとっても参考になるでしょう。
ジェリクル株式会社は、医療分野の先端技術であるハイドロゲルを基盤に、多様な用途の製品開発を進める研究開発型のソリッドベンチャーです。
外部資金に頼らず、自社の収益や資産を再投資しながら、独立性を維持して事業を拡大している点は、まさにソリッドベンチャーの特徴を象徴しています。
医療ベンチャーの中でも珍しい自己資金・自社収益型の経営スタイルが、長期的な視点での研究開発、そして多角的な製品ポートフォリオの構築を可能にしているジェリクル。創業から間もない同社の今後の動向は、日本の医療ベンチャーの新たな成功モデルとなる可能性を秘めています。