2025.02.03
Shutterstock
はじめに
本記事を通じて、ストックフォト市場をリードするShutterstockがどのようにソリッド(堅実)にビジネスを成長させ、世界規模での展開を実現してきたかを紐解きます。
0. 会社情報
- 会社名: Shutterstock
- URL: https://www.shutterstock.com/ja/
- 創業: 2003年
- 創業者・代表者名: ジョン・オリンガー(Jon Oringer)
- 上場市場: NYSE(ニューヨーク証券取引所)
Shutterstockはロイヤリティフリーの写真、イラスト、動画、音楽などをオンラインで提供するストックコンテンツ企業として世界的に有名です。サブスクリプションモデルやAI技術を駆使した先進的なプラットフォームを武器に、複数のM&Aや事業多角化を通じて急成長し、世界中に顧客基盤を持っています。
1. 企業の歴史と創業期の情報
1-1. 創業当初の事業モデル
Shutterstockは、2003年にジョン・オリンガー(Jon Oringer)氏がニューヨークで設立しました。当初のビジネスモデルはいたってシンプルで、オリンガー氏自身が撮影した約3万点の写真をオンラインでロイヤリティフリー素材としてサブスクリプション販売するというものでした。
- 収益構造: 初期から月額または年額課金のサブスクリプションを採用しており、ユーザーが一定の金額を支払うと、定められた点数の写真をダウンロードできる仕組み。
- 主要顧客: ウェブ制作者、デザイナー、出版社、広告代理店など、画像を大量に必要とする層。
- ビジネスモデルの特徴: 低価格かつ大量ダウンロード可能なサブスク型という革新的な手法を掲げ、当時としては珍しかった「ダウンロードし放題プラン」に近い形を導入し、大きな注目を集める。
創業期には、オリンガー氏が個人的に収集・撮影した写真がコアコンテンツでしたが、やがて他の写真家やクリエイターから作品を募集・買い取り(あるいは印税分配)を開始し、コンテンツ数を飛躍的に増やしていきました。
1-2. 創業者のバックグラウンド
- ジョン・オリンガー(Jon Oringer):
- ソフトウェア開発者としてのキャリアを有し、プログラミングやウェブ構築に精通。
- 写真撮影が趣味であり、「高品質な画像を低価格で簡単に手に入れたい」という自身のニーズからShutterstockの構想を得た。
- 画像検索やデータベース管理など、技術的要素を自力で構築できるスキルを持ち、創業時から大きな開発コストを掛けずに事業を起動させることに成功。
オリンガー氏の「テック × 写真好き」というユニークな組み合わせがShutterstockの原点となり、その後のサブスクモデルの確立やグローバル展開に大きく寄与しました。
2. 成長戦略と資金調達の有無
2-1. 事業拡大手法
Shutterstockは以下のようなステップで急成長を遂げました。
- コンテンツの大量拡充
- 創業当初の3万点写真を、外部写真家との契約によって数百万点・数千万点単位へ膨張。
- 作品提供者(コントリビューター)とのロイヤリティ分配をシステム化し、写真・イラスト・動画・音楽など多ジャンルへ拡張。
- サブスクリプションモデルの強化
- 初期から定額制を導入しており、顧客が必要に応じて一定枚数をダウンロードできるプランを複数設定。
- 高画質画像の需要増大や企業ユーザーの大容量需要に対応するため、上位プランやオンデマンドプランなど柔軟にラインナップを増やした。
- グローバル展開
- いち早く多言語対応を進め、アメリカ国内に限らず欧州・アジア市場へ進出。
- 2024年現在、世界150を超える国々で利用されており、多数の言語でユーザーサポートを実施。
- M&Aを活用した事業範囲拡大
- Bigstock(格安ストックフォト)、Rex Features(報道写真)、PremiumBeat(音楽素材)、TurboSquid(3Dモデル)などの買収でコンテンツ領域を多角化。
- 動画や音楽素材にも手を広げ、クリエイティブ制作支援を総合的に提供できる体制を築いた。
- AI・機械学習の積極導入
- 画像認識技術や検索アルゴリズムを高度化し、ユーザーが求める素材を瞬時に提案。
- Shutterstock EditorやAI画像生成ツールなど独自サービスを展開し、クリエイターの作業効率をサポート。
2-2. 資金調達と成長への寄与
創業初期はオリンガー氏の自己資金で運営。技術的下地があったため、外部コストを抑えながらサービスを立ち上げました。しかし、さらなる成長に合わせ、
- 2006年: シリーズAラウンドでInsight Venture Partnersから1000万ドルを調達。
- ここで得た資金は特にマーケティングとコンテンツ拡充に投入。
- 広告・プロモーションを強化し、クリエイター側も大量にリクルート。
- 2012年: NYSE(ニューヨーク証券取引所)にIPO(株式上場)。
- IPOで約7600万ドルを調達(当時)し、一気にグローバル企業として認知度を高める。
- 以後、M&Aの原資やAI技術の研究開発費などに投資し、業界を牽引するトップ企業へ飛躍。
外部からの資金調達を通じて、コンテンツ数を膨大化するだけでなく、ユーザーインターフェースの改善や営業組織の拡充が可能となり、サブスクリプションモデルを一層強化しました。
3. 事業の多角化や新規事業の開発
3-1. 本業(ストックフォト)からの新規事業
Shutterstockの核である「ストックフォト」は、ウェブ制作や広告、出版など幅広い分野の需要と直結しています。この安定した本業から得られる収益(キャッシュカウ)を活用し、以下のような新規事業や多角化を実現してきました。
- 動画素材: 写真同様にRoyalty-Freeな動画を売買するプラットフォームを構築。
- 音楽素材: PremiumBeatや他買収企業の統合により、音楽や効果音のライブラリを提供。
- 3Dモデル: TurboSquid買収により、3D CGモデル素材をオンライン販売。
- 編集ツール: Shutterstock Editorやプラグインをリリースし、ユーザーがブラウザ上ですぐに画像を加工・レイアウトできる機能を提供。
- AI画像生成: 近年はGenerative AI技術を活かした画像生成ツールを提供し、新たな収益源やユーザー体験を生み出そうとしている。
3-2. 事業多角化の成功要因
- 本業との親和性: 全て「ビジュアルやコンテンツを探している顧客」を対象にしており、クロスセルしやすい。
- 共通する顧客基盤: デザイナーやクリエイターは画像だけでなく動画・音楽など関連素材も必要とするため、一括サブスクリプションで売りやすい。
- テクノロジーの活用: 画像検索・AIなど、共通のエンジンを新規事業にも適用できるため、開発の相乗効果が高い。
- グローバル認知度: 世界中の企業や個人がShutterstockブランドを知っているため、新たな分野への拡張もスムーズ。
これらによって、Shutterstockは「単なるストックフォト企業」から「総合クリエイティブプラットフォーム」へと進化し、安定的かつ多面的に売上を伸ばし続けています。
4. 市場・地域
4-1. 市場の選定方法
当初からオンライン完結のB2B/B2Cモデルであるため、「世界市場を狙う」という戦略が自然でした。ウェブを介して画像販売を行うため、国境のハードルが低く、創業期からグローバル対応を視野に入れています。
- 革新性: ロイヤリティフリー写真をサブスクで提供するというアイデアが新しく、当初は価格・使い勝手で他社を圧倒。
- 文化的多様性: 多様な国・地域の写真家から画像を集めることで、世界各地のニーズに応えられる豊富なラインナップを揃えた。
4-2. 地域
- 北米: 本社のあるアメリカ合衆国が最大市場。カナダ含め北米圏で高いシェアを確保。
- ヨーロッパ: イギリス、ドイツ、フランスなど主要国に法人を設置し、企業ユーザーを開拓。
- アジア: 日本・中国・インドなど成長著しい市場にも積極進出。ウェブサイト多言語化によりユーザーを獲得。
- その他: 南米・オセアニア・アフリカなど、世界各地でサービスを提供。
ローカライズ戦略として、地域ごとの言語サポートや支払い通貨対応などを拡充し、世界150カ国以上から利用されるプラットフォームへと成長しました。
5. 失敗事例や課題
5-1. 著作権管理の課題
最新の事例として、日本国内の無料素材やイラストを無断でShutterstock上にアップロードし、有料販売されてしまう問題が散見されています。
- 2019年: 日本の無料写真素材サイト「PAKUTASO」の写真がShutterstockで不正販売
- 2022年: VTuber「結目ユイ」の肖像がShutterstock上で無断販売
- 2023年: イラストレーターの作品が許可なく販売され、それを広告会社が使用してしまう二次被害も発生
これらは「第三者が権利を持たない素材を勝手に投稿する」行為が原因で、Shutterstockは膨大な量の新規投稿を抱えており、すべてを手動チェックするのは困難です。
対策:
- コンプライアンス部門の強化
- AIやウェブスクレイピングで不正出品検知を自動化
- クリエイターやユーザーからの報告を迅速に処理する仕組み
Shutterstock自身も著作権侵害を厳しく取り締まろうとしているが、課題はまだ残っていると言えます。
5-2. 競合激化
ストックフォト市場では、Adobe StockやGetty Images、Freepikなど、多彩なプレーヤーが競合しています。とりわけAdobeはPhotoshopやIllustrator等クリエイティブツールとの連携を強みとしており、市場シェアの一部をAdobe Stockに奪われる懸念があります。
5-3. AI画像生成の是非
ShutterstockはAI画像生成ツールを提供し、AIが作り出した画像をユーザーがダウンロードできるようになりました。しかし、
- 既存の写真家からは「AIが作品を学習材料に使用しているのでは」「自分の売上が落ちる」といった反発。
- ユーザーからも「AI画像の品質や著作権はどう扱われるのか」という不安。
同社はクリエイターに対し、AI開発企業との連携(例: OpenAI等)による収益分配策を打ち出すなど、調整を図っていますが、AI生成の著作権・報酬問題は業界全体の課題となっています。
Shutterstockはなぜ「ソリッドベンチャー」か
Shutterstockは、以下の点で「ソリッドベンチャー」の要素を持ち合わせています。
- 創業者の自己資金からスタート
- オリンガー氏は自らプログラミングや写真撮影を行い、初期コストを極限まで抑えた。
- オリンガー氏は自らプログラミングや写真撮影を行い、初期コストを極限まで抑えた。
- 収益を再投資して段階的に拡大
- ストックフォトで稼いだキャッシュをコンテンツ拡張や技術開発に回し、後には外部調達(1000万ドル)やIPOも実施して規模を加速。
- 大きな失敗をすることなく、順調に規模を拡大し続けた点で、堅実かつ持続可能なモデルといえる。
- 関連性の高い新規事業への多角化
- 本業とのシナジーが大きい動画、音楽、3Dモデル、AI生成ツールなどに展開し、ユーザーの囲い込みを図る。
- 本業とのシナジーが大きい動画、音楽、3Dモデル、AI生成ツールなどに展開し、ユーザーの囲い込みを図る。
- グローバルで展開可能なデジタルプラットフォーム
- インターネットによる国境なき市場を見込み、地域を拡大しながら収益の安定化を実現。
- インターネットによる国境なき市場を見込み、地域を拡大しながら収益の安定化を実現。
- 課題への対応
- 不正アップロードや著作権侵害、AI時代の懸念など様々なハードルに対して、体制強化や技術対策を行い、健全なクリエイティブエコシステムを維持しようとしている。
これらを総合すると、Shutterstockは「自己資金で小さく始め、サブスクリプションモデルで堅調にキャッシュフローを作り、必要なタイミングで外部資金を活用しつつ世界的企業に成長する」というソリッドベンチャーの王道を歩んできたとも言えます。
まとめ
ストックフォト業界を牽引するShutterstockは、創業者の技術力+写真への情熱から始まり、サブスクリプションモデルと拡張戦略によって世界最大級のプラットフォームへと進化しました。
IPOやM&Aを通じて事業多角化を進める中でも、本業のストックフォトがキャッシュカウとして機能している点が興味深く、また著作権やAI生成素材など新たな課題を抱える今、さらなる変化が期待されます。
ソリッドベンチャーの事例としてみると、少額の自己資金からスタートし、段階的に拡大しながら必要に応じて外部調達を活用、最終的に上場という成功ストーリーは多くのスタートアップに学びを与えるでしょう。
また、世界を相手にサービスを提供するグローバル企業であっても、著作権管理やテクノロジーの倫理的側面といった新たなチャレンジが絶えず生じることも示唆しています。Shutterstockの今後の動向からも目が離せません。
参考リンク / リソース
リサーチ担当名: 岩沢 太