ソリッドベンチャーとは?スタートアップとどう違うのかを徹底解説
公開日:2025.01.22
更新日:2025.1.22
筆者:エンジェルラウンド株式会社 大越匠

なぜソリッドベンチャーが注目されるのか
最近のベンチャー界隈では、「短期的に資金調達して爆発的な成長を狙うスタートアップ」だけではなく、初期段階から堅実に収益を上げることを目指す企業形態として「ソリッドベンチャー」という概念が注目され始めています。
スタートアップは大きな投資を呼び込み、急成長(Jカーブ)によってIPOや大規模なM&Aを狙うことが多い一方で、ソリッドベンチャーは安定したキャッシュフローと持続可能な利益構造に軸足を置いた成長戦略をとるのが特徴です。
この記事では、ソリッドベンチャーとはどのようなビジネスモデルなのか、スタートアップとの違いは何か、具体的な事例や今後の展望を交えながら解説していきます。
読者の方が「自分のビジネスはスタートアップ的な路線を狙うべきか、それともソリッドベンチャーとして堅実に進むべきか」を見極めるための視点を得られることが最大の目的です。
そもそもベンチャー企業には、破壊的なイノベーションを狙う企業のイメージがあります。しかしすべてがそうではなく、「最初から黒字化を目指す」「時間をかけて安定したビジネス基盤を作る」という路線こそが、ソリッドベンチャーの大きなポイントです。
コロナ禍や景気変動で資本市場が揺れる中、短期の資金調達に依存せず地に足をつけた経営を行う企業の価値が再評価されている面もあるでしょう。
さらに、起業家にとっては投資家の都合に左右されにくいというメリットがあり、投資家から見れば「大化けはしないかもしれないが倒産リスクは低め」という安定感が評価されます。
世の中にはスタートアップモデルばかりにフォーカスが当たっていますが、実際にはソリッドベンチャー的に成長する企業がたくさん存在し、IPOやM&Aを成功させている事例も少なくありません。
本記事の後半では、代表的なソリッドベンチャーとしてよく挙げられる上場企業「SHIFT社」や未上場でも多角化が進む「DONUTS社」、BPO事業をコアにサービスを拡張してきた「うるる社」などを例に具体的な成長戦略を紹介します。
あわせて、ソリッドベンチャーに向いている人・企業、今後の展望や可能性についても掘り下げていきますので、スタートアップ型と比較しながらご自身のビジネスに取り込めるヒントをぜひ見つけてみてください。
ソリッドベンチャーとスタートアップの違い
ビジネスモデル・成長速度の違い
まず大前提として、ソリッドベンチャーとスタートアップは成長モデルやビジネスモデルが全く異なるケースが多いです。スタートアップは「いかに急激な成長曲線(Jカーブ)を描くか」が重視されます。
大きな市場をターゲットに、赤字を掘り続けても先にユーザー数や市場シェアを獲得し、数年以内にユニコーン(企業評価額10億ドル以上)を狙うのが典型的なパターンです。
スタートアップは当初から大きな資金調達を行い、市場をリードする製品やサービスに集中投下することで、短期間で圧倒的なシェアをつかむ。あるいは巨額の調達を繰り返して成長を加速させます。そのため投資家サイドも「巨大なリターンを期待」してハイリスク・ハイリターンを受け入れるというわけです。
これに対しソリッドベンチャーは、「まずは初期収益の確保とキャッシュフローの安定」を重要視します。例えば受託開発やコンサルティングなど、すぐに売上・利益を確保できる事業からスタートし、そのキャッシュを積み上げていく。
その上で、自社の強みを活かせる周辺事業へ“ジワ新規”で拡大していきます。派手なグロースこそないものの、継続的に事業が成長する構造を作れるのが特徴です。
資金調達方法や投資家の期待値の違い
スタートアップの場合、調達する資金はエクイティファイナンス(株式発行)であることが多いです。VC(ベンチャーキャピタル)や事業会社などから出資を受け、創業者は「5年以内にIPO」や「バリエーションを数百億円に上げる」ことを目標に掲げることも珍しくありません。その背景には、VCが10年間のファンド期間でリターンを出す必要がある、という構造があるのです。
一方でソリッドベンチャーは、自己資本や銀行借入(デット)を活用しつつ、必要に応じて少額のエクイティを入れることもありますが、基本的には大きく出資を受けるよりも売上と利益を拡大することで成長します。
投資家に対して「短期で何十倍のリターンを返せる」モデルではないので、大型のVCファンドよりは小規模ファンドやエンジェル投資家が出資をするケースが多いといえるでしょう。投資家の期待値も、「爆発的なリターン」より「堅実なリターン」を重視しがちです。
経営リスクの捉え方
スタートアップは赤字を掘ることを前提に、最終的に成功した1社が損失をすべてカバーするというVC的な発想でビジネスを進める面があります。その結果、「倒産してしまう会社が大半でも、極少数が大きなユニコーンになる」というポートフォリオ戦略になりがちです。
しかしソリッドベンチャーはそもそも「倒産リスクを下げたい」という考え方が強く、黒字経営やキャッシュフロー管理を重視するのが基本です。自社の資本効率や利益率を確認しながら、リスクを過度に負わずにじわじわ拡大する。
- 赤字拡大や次の資金調達が不透明な状態を避ける
- 自己資本や銀行借入を上手く使い、過度にVCに振り回されない
という経営リスクの捉え方がスタートアップとは異なります。
出口戦略(IPO・M&A)の多様性
スタートアップの場合、IPOを最大のゴールと捉えることが多く、そこに向けて株価を上げることが最大のミッションになります。また、M&Aで巨大企業に買収されるルートも近年増えていますが、やはりバリエーションが高まる上場や大型M&Aこそが投資家に対するリターンの証明となるわけです。
一方でソリッドベンチャーは、「上場するにも10~15年かけて業績を積み上げ、安定感あるビジネスとしてIPOする」ケースや、ある程度の規模で10億円前後のM&Aを狙うといった柔軟な出口を考える企業が少なくありません。
中堅企業に譲渡することでオーナー企業の創業者が“プチEXIT”を果たし、その資金で次の事業を始めるなど、多様なシナリオが用意されています。
また、そもそも「上場を全く考えていない」というケースもあり、成長戦略によってはずっと未上場のまま売上数百億円規模になっている企業も存在する点が、スタートアップとの大きな違いといえるでしょう。
ソリッドベンチャーの主な特徴
初期からの収益獲得とキャッシュフローの安定
ソリッドベンチャー最大の特徴は、早期に安定収益を作ることで、自己資金を成長の種にできることです。スタートアップのように大規模な投資ラウンドを重ねて赤字を補填しながら進むモデルとは違い、受託開発やコンサルティングなど、顧客からの支払いがすぐ得られるビジネスを始めの一手にする企業が多い傾向にあります。
例えばITベンチャーであれば、最初は企業のシステム受託開発を行いながらキャッシュを積み上げる。コンサル型のビジネスであれば、最初から契約ベースで月額フィーを受け取り、財務的に安定させる。こうした方法で早い段階から黒字化を実現し、次の新規事業への投資原資をつくるわけです。
言い換えれば、「事業アイデアの成功を待ってからの収益化」ではなく、着実に“すぐお金になる”ビジネスを入り口にする考え方といえます。
顧客ニーズに根ざしたジワ新規(隣接事業への拡張)
ソリッドベンチャーを語る上で重要なキーワードが、「ジワ新規」です。これは勝手に呼ばれることが多い表現ですが、イメージ的にはアンゾフの成長マトリックスのように、既存顧客×新規サービスや既存サービス×新規顧客といった「隣接領域」から新しい事業を拡大していくアプローチを指します。
例えば、
- 受託開発から得た顧客のフィードバックをもとにSaaSプロダクトを開発し、既存顧客に導入してもらう
- 広告代理のノウハウを活かしてコンサルに展開し、そこで得たデータから自社メディアを立ち上げる
このように、いきなり全く違うドメインで冒険するのではなく、「いま付き合っている顧客が抱える問題」を起点に、少しずつ“範囲”を横や下へずらしていくのがソリッドベンチャーらしいやり方です。
有名な事例の一つとして、上場企業のSHIFT社はもともと「ソフトウェアテスト」から始まりましたが、そこからテスト周辺のコンサルティングや開発支援へビジネスを広げています。
あくまでコアとなる顧客とドメインは変えず、関連領域で着実に拡張していくのが「ジワ新規」です。
リスク分散と投資ペースのコントロール
スタートアップは、どのタイミングで追加の資金調達をするかによって経営が大きく左右されるため、マーケット環境が悪化すると一気に資金繰りが厳しくなり、最悪の場合“崖から落ちる”リスクがあります。
しかしソリッドベンチャーは、早期から継続的に利益を得る構造を作り、それをもとに「新規事業にどれだけの投資をするか」を自主的にコントロールします。売上が安定しているため、短期の景気変動や投資家の都合にそこまで左右されないという強みもあります。
例えばSNSバブルのタイミングで多額の投資をして伸ばしたものの、ユーザー離れが起こると一気に倒産のリスクが高まる。スタートアップならこういう事例も珍しくありません。
一方でソリッドベンチャーだと、SNS領域に“全ベット”せず、あくまで既存事業を堅持しながら実証的に投資を進めるため、リスクが限定的なのです。
具体例としては、ある企業が“SNSを使った新規マーケティング事業”を計画したとしても、いきなり大きく広告を投下するのではなく、顧客や既存サービスとのシナジーを検証しながら投資額を小さく追加していく。
結果として、失敗しても大ダメージにならない仕組みが整備されているわけです。
事例で見るソリッドベンチャーの実際
SHIFT社
創業事業:ソフトウェアテスト
SHIFT社は、近年株式市場でも非常に高い時価総額を得ている上場企業として注目されていますが、もともと“ソフトウェアテスト”という比較的地味な領域にフォーカスして創業しています。
ソフトウェア開発の多重下請け構造が入り組む中で「テスト工程の効率化と品質確保」を専門に行うサービスを提供し、そこから顧客を獲得して積み上げてきました。
現在はM&Aを積極的に行い、自社とシナジーのある会社を買収・連携する形で業務範囲を拡げています。SHIFT社の資料を見ると、「のれんリスクを抱えすぎない」「買収後すぐに利益に貢献しない案件は検討対象外」と、かなり堅実な方針を持っていることがわかります。
つまり派手な賭けはせず、“既存の顧客ニーズを満たす”M&Aを選別しているのが大きな特徴です。
さらにSHIFT社は成長戦略をアンゾフの成長マトリックスに沿って整理し、「既存顧客へのアップセル→隣接領域への拡張→新領域の開拓」という順序で堅実に事業を積み上げる姿勢を貫いています。
赤字を掘って突拍子もない“ムーンショット”を狙うのではなく、顧客深耕と拡張戦略で年率数十%の成長率を確保してきたことがまさにソリッドベンチャーを体現する事例といえます。
DONUTS社
DONUTS社は未上場でありながら、受託開発・ゲーム・SaaS(ジョブカンなど)といった多角化に成功している企業です。創業当初はウェブの受託開発を手堅く行い、そこから得た収益をもとに自社プロダクトを作り続けてきました。
ジョブカンは同社を代表するSaaSとして成長を続けており、同時にスマホゲーム事業も大ヒットを出すなど、複数の成長エンジンを持っています。
これらの軸はいずれも、最初の受託開発で培った開発力や顧客ネットワークを活かして生み出されたものといえるでしょう。
一般的なスタートアップなら、ゲーム特化やSaaS特化など1つのセグメントに集中して拡大を狙うことが多いのですが、DONUTS社はむしろ分散投資によってリスクヘッジをしながら着実にビジネスを拡大している。
自己資本主体で動いているからこそ、投資家からの「もっと成長率を上げろ」といった圧が少なく、自律的な意思決定ができる点もソリッドベンチャーらしい特徴です。
うるる社
うるる社は、BPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)を起点に着実なキャッシュを稼ぎながら、そこからクラウドソーシングプラットフォームやSaaS系サービスへ拡張している企業です。例えば「NJSS(エヌジェス)」は各自治体の入札情報を独自に収集・データ化し、民間企業に提供するサービスですが、創業時からBPOで培った大量の人材ネットワークを活かして効率的に運用しています。
BPOという、比較的地味ながらも安定した収益源となる事業を母体に持ち、そこからニーズを拾ってSaaS型サービスを次々と投入していく成長戦略がうまくハマった例です。
派手さは少ないかもしれませんが、地固めされた事業基盤があることがソリッドベンチャーとしての安定感を生んでいます。
事例から見えてくるポイント
これらの事例に共通するのは、「既存事業とシナジーのある形で新規領域へ拡張」していること、そして「キャッシュを早期に得られるビジネスを土台にしている」点です。
スタートアップ界隈では目立たないかもしれませんが、連続的な黒字経営を続けながら事業拡大し、IPOやスモールM&A、あるいは未上場のまま年商数百億円規模まで成長した企業が多数存在します。
また投資家にとっては、スタートアップのような大化けするリターンこそ狙えませんが、リスクの低さや継続的な配当・堅実な事業価値が魅力となることが多いです。
ビジネスを長期的に育てたい経営者、あるいは自己資本で拡大したい起業家にとっては非常に有効な道筋といえるでしょう。
ソリッドベンチャーに向いている人・企業と今後の展望
こんな企業・起業家におすすめ
- 急成長路線よりも初期の安定収益を重視したい
- 「新しいサービスを試したいが、大規模調達や赤字覚悟での挑戦は避けたい」
- 一定の売上を確保しながら改良を続ける方が性格的に合う、というタイプ。
- すでに本業で顧客基盤があるスモールビジネスの第二創業
- ある程度の売上規模や利益体質のスモールビジネスがあって、そこから新領域への拡張を考えている。
- 例えばウェブ制作会社が自社ツールをSaaS化しようとしている、など。
- 投資家に振り回されたくない・自分たちのペースで事業を大きくしたい
- スタートアップ的なピッチや大量の出資を受けることに抵抗感がある。
- キャピタリストの“スケールしろ”圧に疲弊しそうな人、もしくは会社の独立性を保ちたい経営者。
ソリッドベンチャーは、最初から赤字覚悟で高いバリュエーションを突きにいくようなビジネスとは違い、じっくり稼いで着実に拡大するモデルです。
「どうしてもユニコーンを目指したい」という人には向かないですが、「失敗確率を下げながら堅実に成長させたい」「時間をかけて大きくしたい」と考える人には非常にマッチします。
スタートアップ路線かソリッドベンチャー路線かを見極める基準
実際に自社がどちらの路線に適しているか判断する際には、以下のような基準が参考になるでしょう。
- ターゲット市場の規模・成長性
- グローバルを含む大市場があるならスタートアップ的にドカンと攻めるのもアリ。
- 逆にニッチで着実に稼げる市場ならソリッドベンチャー的に深堀りするほうが良い。
- 既存顧客との関係・顧客基盤の強さ
- 既に数百社の顧客がいるなら、そこから横展開のジワ新規をして堅実成長を目指せる。
- 顧客ネットワークがないならスタートアップのように投資を集めて早期にシェアを取りに行く選択肢もある。
- 自己資本の厚み・資金繰りへの耐性
- 自己資金が少なく、早期に大金が必要であればVCに頼らざるを得ない。
- 一方、ある程度手元資金があるなら堅調にキャッシュフローを回せるソリッド型でいけるかもしれない。
- リスク許容度や経営方針
- リスクをとってでも短期間で巨大化を狙うか、それとも着実に黒字経営を安定させたいか。
- 経営者やチームの性格・価値観も大きく影響する。
今後の展望:M&Aやジョイントベンチャーの活性化
ソリッドベンチャーを選ぶ企業が増えると想定される理由の一つは、M&A市場の広がりです。これまでベンチャー企業はIPOが出口と考えられてきましたが、最近はスモールM&Aで10~50億円規模のエグジットをするケースも注目されています。
また、ジョイントベンチャー(JV)という形で事業会社同士がタッグを組み、相互補完で成長を目指す動きも活発です。
国策としても「スタートアップ育成5か年計画」の一環でM&Aを促進するための税制優遇などが動き始めており、“大きな投資ファンドからの出資が前提”という考え方だけでなく、小さめのファンドや事業会社がソリッドベンチャーに出資し、比較的早期に数十億円程度のM&Aで回収するシナリオが現実味を帯びています。
さらに地方創生やDX推進なども追い風となり、地方で堅実にキャッシュを稼ぎながらテクノロジーを導入していく企業(地方発ベンチャー)が注目される可能性も高まってきています。
こうした動きはスタートアップの“トップダウン”型とは異なる“ボトムアップ”型のイノベーションを促進すると期待されており、まさにソリッドベンチャーの土壌が広がる要因といえるでしょう。