ソリッドベンチャーの競争優位はどこから生まれるのか?
公開日:2025.01.20
更新日:2025.5.14
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スタートアップという言葉を耳にすると、多くの人は大量の資金を調達して市場を爆速で拡大させるイメージを抱くでしょう。しかし、すべての起業家が急成長路線を選ぶわけではありません。近年では、自社の収益力をベースに“ジワ新規”によって新たな領域へ慎重かつ着実に攻める「ソリッドベンチャー」が注目されています。華々しい資金調達や短期間のIPOだけが成功ではない――むしろ、地に足のついたモデルでこそ得られる競争優位があるのです。本記事では、ソリッドベンチャーがどのように競合との差別化や長期的な優位性を築き上げるのか、実例を挙げながら探っていきます。
ハイライト
- 短期的な爆発路線に頼らず、早期黒字×ジワ新規で着実に競合優位を獲得
- “コア事業で稼ぐ”安定基盤を武器に、柔軟かつリスクコントロールしやすい多角化を実現
- 銀行融資や戦略的M&Aを組み合わせ、経営者の長期ビジョンを貫きながら高い参入障壁を築く
ソリッドベンチャーが支持される背景
急成長一辺倒への疑問
ここ数年、日本でも「スタートアップ=大量資金調達+短期での爆発的成長」という図式が当たり前になってきました。一方で、ベンチャーキャピタル(VC)のファンドが大型化するにつれ、投資後には大きなEXITが強く期待され、起業家には短期間でユニコーン級の成果が求められることが増えています。
しかし当然ながら、すべてのビジネスが急激に拡大できるわけではなく、さらに投資家の意向に左右されて“短期で結果を出さなければならない”という圧が、プロダクトやサービスの本来の価値創造を損なうリスクもあります。そこで、“赤字を覚悟したスピード勝負”を疑問視する動きが出始め、堅実に黒字を作りながら成長するソリッドベンチャーが注目されるようになりました。
“ジワ新規”がもたらす安定と柔軟性
ソリッドベンチャーの本質的な強みは、既存事業から生まれるキャッシュフローをもとに“ジワ新規”で新領域へ進出するため、経営破綻のリスクを最小化できる点にあります。短期間に資金を燃焼するスタートアップとは異なり、一歩一歩を堅実に踏み出し、失敗しても倒れにくい体制を築くのです。
こうした緩やかな成長路線は、社員や顧客との信頼を育みながらリスクを取り続けられる絶妙なバランスを実現します。たとえば、Grand Central社がセールスコンサルを軸に着実に売上を伸ばし、その周辺でインサイドセールスやSES事業を追加していくスタイルは、まさに“ジワ新規”モデルの好例。
小さな成功を重ねることで破綻リスクを下げつつ、徐々に大きな顧客数や専門性を培っています。
競争優位の源泉:安定した事業基盤と着実な拡張
まずはキャッシュを生むコア事業の確立
ソリッドベンチャー最大の特徴は、初期から黒字を作ることを重視していることです。SESや広告代理、受託開発、人材サービスなど、比較的マーケットが確立されている分野でコンサルや代理店的な事業を手掛け、安定した収益を積み上げます。
華やかなイノベーションや最先端技術をアピールするのではなく、「まず顧客が求めるものをしっかり提供し、利益を出す」ことに注力するのです。
こうした“地味”な安定路線こそが、競合優位の種になります。スタートアップのように投資家の短期リターン圧が強くないぶん、既存顧客が抱える課題解決や細かな新規開発に自社資金を回す余力が生まれます。そのうえ、借入や自社の利益を再投資するため、株式の希薄化を抑えつつ長期ビジョンを実行しやすいのもポイントです。
たとえば、C-mind社は通信代理店から始まり、強いセールス力を核とした“キャッシュカウ事業”を確立。そこから定額制プリンターなど新規のITサービスへ少しずつ展開しており、早期の黒字化×段階的拡張によって強い収益基盤を築いています。
“ジワ新規”による柔軟なリスクコントロール
ソリッドベンチャーは、得意とする既存ビジネスを捨てることなく、その周縁にあるニーズを拾って新規事業を追加していく“ジワ新規”を得意とします。これにより、新市場への参入時も既存のノウハウ・顧客基盤・人材リソースを再利用しやすく、大きな初期投資が不要です。
たとえば「広告代理をやっているうちに、SNS運用のニーズが高まったのでチームを立ち上げ、インフルエンサー領域にも参入」というような拡張が典型例です。この小さなトライ&エラーは大赤字を生まないため、失敗しても撤退が容易で、かつ成功したら新たな収益源として定着させられます。
また、地道に培った“顧客理解”や“業界特化ノウハウ”は大きな武器になります。地味に映るSESでも、ボードルア社のようにITインフラ特化のストックビジネスとM&Aを掛け合わせることで、競合他社がなかなか真似できない参入障壁を築いているのです。
ソリッドベンチャーが築く競争力の実像
1) Genova社:医療分野特化型ビジネスでの堅実な拡張
Genova社は、医療機関向けのウェブ制作やマーケティング支援を主軸に、安定的な受注収益を得ながら徐々にメディア事業やクラウド型DXソリューションを展開してきました。最初のステップでは、医療機関のWebサイト制作・運用を受託し、この業界に深く根を下ろすことで蓄積されたノウハウやネットワークを“ジワ新規”に活用しています。
この段階的な拡張戦略により、顧客との長期的な関係を維持しつつ新サービスをローンチしてリスクを抑える一方、医療機関のDX化というトレンドを取り込み、着実に新たな収益源を確立。派手な投資はしなくとも、他社が容易に模倣できない“医療特化の知見”を競争力に変換し続けています。
2) ナハト社:SNS広告でのニッチ攻略と積極的拡大
広告代理・インフルエンサーマーケティング分野で活躍するナハト社は、SNS運用やプラットフォーム連携といった“狭い市場”から堅実に成果を積み上げ、大量の外部調達には頼らず自社の利益を再投資しながら拡大を図ってきました。SNSという波の変化が激しい市場でも、既存顧客の追加要望に即応することで他社との差別化に成功しています。
ここで特徴的なのは、ナハト社が“既存事業の安定収益”を活かしながら新しいSNS施策やメディア事業へと少しずつシフトしている点です。資金面だけでなくノウハウの面でも無理をせず、“できること”を中心に拡大する王道パターンこそ、ソリッドベンチャーの持続的な競合優位の源泉といえます。
ソリッドベンチャー的競争優位を手にするポイント
1) 自社が稼げる分野の徹底選定
“ソリッドベンチャー”と名乗るからには、まずは安定した売上・利益を得られる事業を持たなければ始まりません。広告、ITコンサル、SES、HRサービスなど、早期に黒字化しやすい分野を選ぶことで、その後の拡張戦略に時間的・資金的余裕が生まれます。スタートアップが狙うような大きな市場を敢えて避けることも時に有効です。
例えば、Union社はSEM広告の企画運用を軸とした比較的ニッチな領域で、既存顧客から安定売上を確保しながら着実に規模を拡大。その後、SNS広告やアフィリエイト、オウンドメディア運用へとジワジワ範囲を広げる戦略をとっています。
2) 顧客の課題を拾い“ジワ新規”で広げる
ソリッドベンチャーの最大の武器は、安定したコア事業で得た顧客基盤やノウハウを活かしながら、少しずつ隣接領域へ拡大できる点。たとえば、既存顧客が「SNS集客もお願いしたい」と言えばSNS運用事業を始める、製造系の顧客が「DX推進」を要望すればコンサル部門を立ち上げる、といった具合です。
こうすることで、資金やリスクを分散しながら売上アップを狙える上、顧客ニーズが実在しているため“外れ”も少ない。オロ社のように受託開発から自社ERPへの展開を行った例は、まさに既存顧客を活かした成功パターン。創業期から受託で地道に培ったノウハウが、クラウドERPの開発・販売に花開きました。
3) “自前で稼ぐ力”+補完的M&Aでの加速
ソリッドベンチャーは必ずしも投資を嫌うわけではなく、必要なタイミングで戦略的にM&Aやアライアンスを行うことがあります。ただし、大型調達や赤字拡大を前提とするのではなく、まず安定黒字を確保した上で足りないピースを補完するM&Aに踏み切るのが特徴です。
たとえばINTLOOP社はコンサルフリーランス人材を自前で囲い込みつつ、必要に応じてM&Aも活用することで急成長を実現。自社で稼ぐ体力を持ちながら、さらに人材プラットフォームを補強する企業をグループインさせることで、いわゆる“急拡大の二段ロケット”を可能にしています。
ソリッドベンチャーだからこそ生まれる持続的競合優位
ソリッドベンチャーは、“まず稼ぐ”安定性と、“ジワ新規”による段階的拡張の二本柱で独自の競争優位を築き上げます。急成長型スタートアップに比べて派手さやスピード感は抑えめですが、その分リスクコントロールが容易で顧客・社員との信頼関係を長期間かけて育みやすいのが強み。結果として、深い専門性や顧客理解を得やすく、模倣困難なアセットを形成します。
たとえば、M&A総研ホールディングス社は中堅企業向けM&A仲介を“完全成功報酬”で始めた地道なモデルながら、組織全体をデジタル化・AI化で効率アップし、わずか数年で時価総額1,000億円超の上場ユニコーンに。地味に映る領域でも、コツコツと競合優位を高めることで大きく花開くケースが増えています。
爆速成長と派手なエグジットがもてはやされるなか、こうした堅実路線は地味に映るかもしれません。しかし、VCによる資金依存を回避し、経営者の意志でコツコツと競争力を育む姿勢は長期視点で見れば大きな魅力。市場の変化や経済環境が激しい現代において、“自分たちのペース”で顧客課題を解決していくモデルこそが、今後のビジネスシーンでますます重要な選択肢となりそうです。
地に足ついた拡張戦略がもたらす未来
ソリッドベンチャーの強みは、早期からの黒字経営でリスクを最小限に抑えつつ、顧客の声を拾いながら徐々に事業を拡張していく柔軟性にあります。大きな投資や短期的な資金燃焼に頼らずとも、安定収益を武器に、経営者自身のビジョンと意思決定で長期的な競争力を育てられるのが魅力です。
地味な印象があるかもしれませんが、堅実な基盤を持つからこそ、いざというときに銀行融資や必要最小限の増資、あるいはM&Aなどの選択肢をスムーズに行使できるメリットも大きいでしょう。実際、Wiz社のようにセールスナレッジを武器に複数子会社を展開しながら、派手さを求めることなく確実に市場を押さえている企業も存在します。
経営環境が刻一刻と変化する中、一度の大きな賭けに頼らず、小さな成功を積み重ねる――そんなソリッドベンチャーの経営姿勢は、これからも多くの起業家や企業に支持されていくはずです。自社の強みを再認識し、着実な成長と差別化を狙うなら、ソリッドベンチャーの戦略は大いに参考になるのではないでしょうか。