ソリッドベンチャーがターゲット市場を拡大する方法

公開日:2024.11.19

更新日:2025.1.7

筆者:エンジェルラウンド株式会社 大越匠

ハイライト

  • 既存事業の強化を通じ、隣接市場へ段階的に拡大し安定した成長を実現する
  • セグメント拡張とターゲティング再定義で新たな顧客層を取り込む
  • 顧客ニーズに柔軟対応し、新市場でのリーチと成長を持続させる

既存事業の強化を通じた市場拡大

ソリッドベンチャーがターゲット市場を拡大する際、まず意識すべきは「既存事業の安定収益をどれだけ強化できるか」という点です。スタートアップのように大規模資金調達を前提とするのではなく、自社がすでに持っている強みを活かして黒字基盤を固めながら隣接市場へ徐々に進出するのが、ソリッドベンチャー特有のアプローチといえます。

安定的なキャッシュ・カウを育てる重要性

ソリッドベンチャーの多くは「コンサルティング」「受託開発」「SES(システムエンジニアリングサービス)」「広告代理」など、比較的労働集約的ではあるものの安定した需要が見込める事業からスタートするケースが多いです。

  • レバレジーズ社は創業期からSES(ITエンジニア常駐)事業を主軸として、社内にエンジニア採用のノウハウや運用スキームを蓄積。ここでキャッシュ・カウを育てたうえで、医療・介護、若手キャリアなど、新しい人材マーケットへと堅実に広げています。
  • GENOVA社は医療機関向けのウェブ制作・広告コンサルから始まり、既存クライアントとのリレーションを活かしながら、バーティカルメディア運営や簡易自動精算機など“周辺ニーズ”を捉えた新サービスを追加することで市場を拡大しました。

こうした既存事業の安定化によって得られるキャッシュ・フローこそが、次なるチャレンジ(=ジワ新規)の原資になります。

隣接市場の取り込み方

「既存顧客×既存商品」→「既存顧客×新商品」→「新顧客×新商品」へと、アンゾフの成長マトリックスのように少しずつずらしていくのが、ソリッドベンチャー流の“段階的な拡大”手法です。

  • ミギナナメウエ社は、採用コンサルを基盤にSES事業やHR関連の新サービスへ拡大。“採用支援”のコアコンピを深化させながら、密接に結びついたHRテック領域へと進出しています。
  • FPパートナー社では、生保・損保分野で着実に実績を積み上げ、その“保険販売チャネル”を活かしながら、家計や資産運用などお金周りの悩み解決にビジネスを拡張。保険のみならず「お金」に関する包括的な相談へ対応することで、さらなるターゲット市場を取り込んでいます。

ポイントは、既存事業の顧客との信頼関係やアセット(人材・ノウハウ)を活かして事業を横展開することにあります。大きくブレない範囲の新規サービスからスタートし、着実に結果を出しながらさらに次へと広げることで、激しいリスクを負うことなく安定成長を実現しているのです。

セグメントの拡張とターゲティングの再定義

いざターゲット市場を広げようとしたとき、“どこに打って出るのか”を慎重に検討する必要があります。ただ闇雲に市場を広げても、既存事業とのシナジーがなければ成功確率が下がるばかりです。ここでは「セグメント拡張」と「ターゲティング再定義」という2つの観点で整理します。

セグメント拡張:同じ強みを別業界・別領域へ

ソリッドベンチャーの場合、まずは“すでに強みが活かせそう”な近隣業界や類似領域へ進むのが定石です。

  • オロ社のケースでは、当初は受託開発や制作を軸にBtoBサービスを提供していたが、そこで培った「無形商材の原価管理」ノウハウをERP化(ZAC)して、IT以外の中小企業にもアプローチ。これが新たな収益源となり、セグメントを大幅に拡張しました。
  • INTLOOP社はITコンサルで築いた顧客基盤をもとに、フリーランス人材マッチングやDX支援事業などを立ち上げ、製造業からサービス業までセグメントを広げています。「既存サービスの周辺にある課題を自社が解決できないか?」という視点を持つと、自然にセグメント拡張が見えてきます。

ターゲティング再定義:従来の顧客像を“もう一段階”アップデート

さらに、従来顧客とは微妙に異なる層を狙うことで、これまで取りこぼしていた需要を拾う戦略があります。例えば、同業界でも中小企業をターゲットにしていたところを大手顧客向けにシフトする、あるいは地方企業向けを全国企業向けにスケールする、などが挙げられます。

  • GENOVA社は、最初は中小規模の医療機関にフォーカスしつつ、徐々に大病院や複数拠点をもつグループにもサービス展開。そこで得たノウハウを活かし、さらに保険・医療周辺事業との協業にも乗り出し、ターゲットを拡張しています。
  • レバレジーズ社も、当初はITエンジニア人材が中心でしたが、看護師や介護職へと垂直展開しつつ、海外にもターゲットを再定義しているため、非常に幅広いセグメントを確保している状況です。

ターゲティングの再定義において重要なのは、「既存顧客を満足させつつ、わずかにズラした顧客層にすぐ対応できるだけの体制」を組めるかどうか。組織が無理なくカバーできる射程を少しずつ広げることで、リスクを最小化しながら市場を拡大することが可能です。

新たな市場ニーズを捉えるための柔軟なアプローチ

既存事業からステップバイステップで市場を広げていくソリッドベンチャーにとって、“柔軟な顧客対応” こそが新領域での成功を左右します。特に、別の業界や地域へ参入する際、いかに迅速に「現場の声」を拾えるかが重要です。

顧客ニーズを軸にしたサービス開発

ソリッドベンチャーは大手スタートアップほど多額の資金に頼らない分、事業開発の際に顧客起点でアイデアを絞り込むのが特長です。

  • FPパートナー社は、生保・損保を入り口に「お金に関するあらゆる問題解決」を目指す方向で成長。顧客との対話から「保険だけでは終わらないニーズ」があるとわかり、金融サービスやライフプランニング支援へ柔軟に対応することで市場を拡大しています。
  • INTLOOP社はITコンサル事業を行う中で見えてきた「エンジニア不足」「プロジェクト管理の混乱」など顧客現場の課題に素早く対応する形で、フリーランス人材マッチングやDX推進サービスを展開。これも顧客の声をベースにした柔軟性の成果です。

“ド新規”と“ジワ新規”のバランス

市場拡大にあたり、新しい領域へ飛び込む“ド新規”と、隣接領域に少しずつ進む“ジワ新規”をどう組み合わせるかも大切です。

  • ド新規=全く異なる業種へ一気に舵を切ること。メリットとしては大きなブルーオーシャンを一瞬で獲得できる可能性がある反面、失敗リスクは高い。
  • ジワ新規=既存顧客や既存技術の延長線上で少しずつ市場を拡張する。安定成長できるが、大化けはしづらい。

ソリッドベンチャーの場合、基本的には“ジワ新規”から着手し、確実に数字を作りながら“ド新規”に投資してみるという二段構えが理想です。たとえば「広告代理店→(ジワ新規)SNS広告運用→(ド新規)新興国向けSNSアプリ事業進出」のようなルートを辿る企業もあり、これが成功すれば大きく跳ねる可能性がありますが、土台となる“ジワ新規”が安定しているからこそ挑めるわけです。

新市場での採用・組織体制

新市場に飛び込むには、業界知識やネットワークを持った人材をどう確保するかも重要な観点です。ソリッドベンチャーは派手な報酬で人材を集めにくい一方で、「会社が安定しているからこそチャレンジしやすい」という強みをアピールできます。

INTLOOP社が短期間で売上高を大きく伸ばせた背景には、業界を熟知したプロフェッショナルを次々採用できる“魅力的な環境”があったからです。赤字掘りではなく黒字経営を基本にしており、チャレンジと安定のバランスが取りやすい企業風土をうまく作り出しています。

ソリッドベンチャーのターゲット市場拡大に向けて

ソリッドベンチャーがターゲット市場を拡大するには、「既存事業の強化」「セグメント拡張」「柔軟なニーズ対応」という3ステップが欠かせません。堅実に稼ぐ本業を活かしつつ、隣接領域へジワジワと拡大し、その過程で見えてくる新たな顧客ニーズに合わせて柔軟にサービスを変化させるのです。

  1. 既存事業を安定収益の軸に
    コンサル・受託・代理店など確実に収益を作れる土台があることで、新たな領域へ投資するキャッシュ・フローが生まれ、経営リスクも下げられる。
  2. セグメントを少しずつ広げる“ジワ新規”
    いきなりまったく新しい業界に飛び込むより、強みが活きる隣接分野から攻める方が成功率が高い。加えてターゲティングを再定義し、顧客層を徐々に広げる。
  3. 顧客ニーズ重視で柔軟に事業をアップデート
    新市場ほど顧客要望が従来と違うため、そこに早期対応できるかが勝負。安定基盤があるからこそ、顧客の声を優先し、プロダクトやサービスを迅速に修正可能。

ソリッドベンチャーが大切にする「地に足の着いた成長路線」は、すぐにユニコーンにはならないかもしれませんが、堅実さゆえの強みがあります。レバレジーズ社のように安定事業を軸に大きく広がるケースや、GENOVA社が医療機関向けサービスから周辺領域へ拡張した事例などからも、“安定収益を持ちながら少しずつ新市場へ切り込む”アプローチが、長期的な成功につながることを示唆しているのです。

一足飛びに巨大マーケットを制覇するのではなく、足元の基盤を着実に固めつつターゲット市場を拡張する姿勢こそ、ソリッドベンチャーの本質的な強みと言えるでしょう。